第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
「手伝いましょうか」
「んなこたぁしなくていいから茶ァ飲んで慎ましくしてやがれよ。てめぇは今日も稽古をしにここに来たんだろうが」
「そうだけど······毎度のことながらこんな時間から本当にごめんね実弥。継子でもないのにいつも私のわがままで稽古に付き合わせてしまって」
「まァたそれかぃ。今さらだろォがァ。なんだかんだでコッチにもちょうどいい稽古になってんだからよォ、愚図愚図と細けぇことを気にしてんじゃァねェ」
「ふふ」
「あァ? なにを腑抜けたツラしてやがる」
「ううん、なんだか、実弥ってば立派になっちゃったなあと思ってしみじみしちゃっただけ。父様を訪ねてうちにやってきた日が、ごく最近のことのようにも思えるのにね」
星乃はどこか満悦した様子でようやくひとつ目のおはぎを手にした。
焙烙を片す実弥の手がぴたりと止まる。
実弥って、お茶淹れるのも上手よね。
背後で星乃はまだ悠々となにか言っている。
なぜ、こいつはいつもこうなのだ。
腹の底からふつふつと沸き上がるやりきれなさに、実弥は片拳を強く握った。
脳天から一直線に雨水が下ってゆくような感覚がして不快だ。
獣が牙を剥き出しにするような憤りはいつか星乃を理不尽に傷つけてしまうのではないかと恐ろしくなる。
けどなァ、俺は、そんな言葉は望んでねぇよ。
実弥は思う。
出逢ったばかりの頃なら、喜んだろう。満足しただろう。
家族を失い、鬼を滅すると心に誓ってから、ずっと独りきりで闘ってきた。ただそれだけに心血を注ぎ、暗闇の中をもがきながら駆け回った。
どれだけの鬼を殺せば終わりがあるのか。一体どこへ向かえばいいのか。
行き場のない不倶戴天 (ふぐたいてん)。
一筋の光さえ不明瞭で、生涯をかけてでも鬼を殲滅するのだと躍起になっていた最中、匡近と出逢い、育手の師と出逢い、星乃と出逢った。
星乃の家族はあたたかった。
匡近がいて、星乃がいて。
あの頃ならば、俺は二人の家族でも、かまわなかったはずなのに。