第6章 甘い蜜にはご注意あれ
「きゃーー! 不死川さん、落ち着いて! ていうか、どうしてみんな勝手に上がり込むのよう! ここは私の家なのにい!」
蜜璃の叫び声がして、息を潜めていた星乃の肩が飛び跳ねた。
感じる。殺気立った恐ろしい気配が近づいてくる。屋敷のありとあらゆるものが、警報の如くじりじりと音をたて星乃に危険であることを知らせている。
これは実弥だ。実弥の怒りだ。
咄嗟に、隠れなければ、と思った。
実弥は何かにつけて軽々しいものを嫌う傾向にあるのだ。蜜璃だったからあの程度の物言いで済んだのだろう。
自分がこんな格好で実弥の前に出ていったら一体なにを言われてしまうか···。
辺りを見回す。客間に身を隠せそうな場所は見当たらない。別の部屋へ移動しようにもこれ以上向こう側に部屋はなく、廊下に出ようものなら即座に実弥と鉢合わせることになる。となれば今は隣部屋の納戸に行くより他はない。あの大きな三面鏡の後ろなら、上手くいけば気づかれずに済むかもしれない。
だがそれはすぐに浅はかであったと思い知らされることになる。
納戸へ繋がる障子帯戸を横へ滑らせたときだった。
バァン···!!
「──っ、」
廊下に面した納戸の戸が荒々しく開かれた。開かれた、というよりそれはもう、吹っ飛んでいた。
「きゃーーーっ!!」
屋敷中にこだまする蜜璃の悲痛な叫び声。
間に合わなかった。
判断、行動、全てが遅く、選択肢は狭かれど、実弥の気配の行く先を予測できなかったことが悔やまれる。
「···前田ァァ、どこにいやがる」
実弥の背後にゆらりと黒い影が漂う。目が、据わっている。
まさおに意識が向いているからなのか、実弥はまだ星乃の姿を認識できていないようだった。
とはいえこれではまさおが危険だ。
星乃は再びぞっとする。もうすぐなにも知らないまさおが手水から戻ってきてしまうのだ。
以前、女性隊員への破廉恥めいた扱いを偶然にも見かけた実弥が、まさおを怒鳴り散らし失禁させたらしいという噂が立ったことがあった。
それについて星乃は言及しなかったものの、実弥のこの様子を見る限りただの噂であるとも思えなくなってきた。
「さ、実弥、お願い落ち着いて」