第6章 甘い蜜にはご注意あれ
蜜璃の一番の好物である桜餅を持参してくるところまで、まさおの用意周到さが窺える。
まさかこのような意図で訪ねてきたとは思っておらず、真っ先に差し出された手土産を蜜璃はありがたく頂戴していた。
「そして、そのうちのひとつを既に召し上がられましたよね···?」
蜜璃の全身から冷や汗が噴き出す。
「前田さんってば酷いわ、それは卑怯よ!」
「ご試着していただけるまでなにがあっても私はここから動きません」
「···っ、ん、んんも~う! わかったわ! どれか試着すれば満足してくれるのね?」
「おお、それでは···!」
「た、だ、し! 一着だけにしてもらえるかしらっ。今日は星乃ちゃんとお茶の時間を楽しみたいの」
「ううむ···せめてもう一着」
「だめよ、これ以上はだめだめ! さすがの私も怒っちゃうわよ!?」
「でしたらここはぜひ飛鳥井様に一着。それでしたらお二方とも一着づつで時間の短縮にもなりますし」
「星乃ちゃんはお客様なのよ。そんなことさせられないわ」
「いやだあぁぁあ」
まるで駄々を捏ねる幼子のように頭を床に突っ伏してみせるまさおである。なんて質が悪いのか。
しかしながら、こうまでされるとさすがに不憫にも思えてくるのは、おそらくまさおが一人で手掛けたとみられる試作品の数々と、眼鏡の奥に影を作る青黒い睡眠不足の賜物のせいだろう。
それにこのままでは埒があかない。
悩んだ末、星乃はしかたなしに切り出した。
「···前田さん。そこまでおっしゃるのなら、露出の少ないものでよければ私も一着だけ協力させてもらいます」
折れたのである。
こんなとき、しのぶなら容赦なくこの隊服に火を放ち、燃えカスへと変えてしまうことも厭わないのかもしれない。そんな思いを巡らせたところで同じことをする意気地はないが。
例えば任務で見回りをしている最中、泥酔した殿方にしつこく絡まれる女性隊員は星乃を含め少なくない。
力を振るい怪我を負わせるわけにもいかず、毎回どうにか逃げるようにその場を去ることしかできずにいるが、これからは、赤子の手を捻るよう優美にあしらえる手立てを習得していかねばなあ···などと思ってみたりもするのだった。