第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
匡近──【粂野匡近】は、以前下弦の壱と呼ばれていた鬼との戦いで命を落とした隊士の名だ。
実弥とっては兄弟子に当たる存在であり、いつしか二人は親友と呼べる間柄になっていた。
匡近と星乃は鬼殺隊の同期で、修行時から同じ釜の飯を食う仲間だった。
共に藤襲山の最終選別を突破した後も、常にお互いの身を案じ、高め合い、長い間鬼狩りとして奮戦してきた。
仲間の死の報せは何度聞いてもみぞおちの辺りを氷刀で貫かれたような感覚に陥るものだ。
もう二度とあんな思いはしたくない。どれだけそう嘆いか数知れない。それでも仲間は次から次へと鬼に命を奪われ続けた。
救えなかった命を前に、後悔に苛まれることもある。
なにより、匡近は、星乃にとっては仲間以上に大事な存在であったから、生きていてほしかった。
「年中テメェの心配はそっちのけでよォ。あの時匡近が世話焼いてくれなけりゃあ、俺はいまだどこで何してたもんかわかりゃしねぇぜ」
「実弥と父様を仲立ちさせたのは匡近だったものね。父様、実弥に稽古をつけることが楽しくてたまらなかったみたい」
「そうなのかねェ、なんべんどやされたんだか、思い返しちゃあ腹わた煮えくり返ることもあるがなァ」
「ふふ。当時から実弥は勘がいいって褒めちぎってたのよ。だから父様も熱が入ったのね。匡近と実弥、どちらが先に柱になれるのかって言っていた頃も懐かしいわ」
「柱になるどうこうってやつァ匡近が勝手に言い出したことだ。それに下弦の壱を殺ったのは俺だけの力じゃねェ。匡近の力がなけりゃ」
「それはもちろんわかってる。でも、実弥の実力が匡近のお墨付きだったことは確かよ。実弥がいると心強いって、匡近はいつもそう口にしてたもの」
ほどなくして山の向こう側に日は沈み、深みを増した空に送り火の煙が立ち上ってゆく。その行方を見守るように、星乃は宙を仰いで声を落とした。
「私は風の呼吸を継承することができなかったから···。ずっと、匡近や実弥のことが羨ましかったのかもしれない」
「お前は、甲だろうが」
「ずいぶんと時間もかかっちゃったけどね」
「隊士の最高階級であることには違わねェよ」