第6章 甘い蜜にはご注意あれ
「そんな、待ってください、困ります」
「そうおっしゃらずにどうか聞き入れてはくださいませんか。この通りでございます」
「今はお友達が来客中なの」
「お友達、もし、この履き物は、飛鳥井様では···?」
「やだ、履き物で誰か言い当てるなんてさすがに怖いわ···!」
玄関から言い合う声が聞こえてきたのは、蜜璃が席を外して間もなくのことだった。
一口大に切ったパンケーキに蜂蜜をたっぷり染み込ませ、星乃は蜜璃を気にかけるように客間の格子戸に目を向けた。
「きゃーっ、勝手に上がり込まないでーーっ!」
「!?」
突如響いた蜜璃の悲鳴。
騒々しい足音がこちらに近づいてくるのを感じ、何事かと星乃は座面から腰を浮かせた。
「本当に困るわっ、───前田さん!!」
ガラッ。格子戸が開かれた先、全身を黒の衣服で包んだ人物が現れた。
一瞬逆光で遮られたものの、すぐにそれが鬼殺隊の隠であると気づく。
見覚えのある丸眼鏡の縁が、きらりと光った。
そう。彼は、縫製係である【前田まさお】その男だ。
「え? 前田さん···?」
「飛鳥井様しばらくぶりでございます。そうです、前田まさおです」
「ど、どうしたの」
「なんと、飛鳥井様にお会いできるとは足を運んだ甲斐がありました。私は運がいい。甘露寺様と飛鳥井様ならば申し分ございません」
なんのことを言っているのか······。
理解ができず、星乃はまさおの前で小首を傾げて立ち尽くしていた。
まさおの背後では蜜璃が青い顔であわあわうろうろ。どういうわけか明らかに動揺している。
よく見ると、まさおはその身体に大きな荷物を背負っていた。
「あの、前田さん。お話が見えないのですけれど、蜜璃ちゃんが困っているので今日はお引き取り願えますか」
「いえすぐに済みます。お二方に私の頼みを聞いていただけるのでしたらその後すぐにおいとまいたします故」
覆面頭巾の下から荒む鼻息の音がする。
背負っていた荷物をその場に下ろし、まさおは鞄からなにかを引っ張り出してきた。
「······? 頼みとは、なんでしょう?」