第6章 甘い蜜にはご注意あれ
鎹鴉に案内され辿り着いた甘露寺邸は、踏み入った瞬間から甘い香りが漂っていた。
「星乃ちゃん! ようこそおいでませ我が家へ!」
「蜜璃ちゃん。今日はお招き本当にありがとう。これ、ささやかなものですがよかったら」
「わあ、もしかしてタルト!? ありがとう嬉しいわ! これずっと食べてみたかったの!」
「蜜璃ちゃんのおうち、すごく美味しそうな匂いがするのね」
「あ、わかっちゃう? あのね、蜂蜜やジャムを作っているのよ」
「蜂蜜まで?」
「養蜂してるの。パンケーキにたっぷりかけるととっても美味しいのよ。今日はたくさん焼くからいっぱい食べてね。そうだ、飲み物は紅茶でいいかな?」
「ええありがとう。すごく楽しみ」
「林檎のジャムもおすすめなの」とルンルンタッタ。蜜璃は跳躍しながら星乃を客間まで案内した。
甘露寺邸はところどころに西洋の家具が配置されている和洋折衷の様式で、それはもう、目を見張るほどに可愛いものばかりが揃っている。
客間の中央に構える角丸四角形の脚の細長いテーブルは、モダンな品格を漂わせていた。
テーブルの周りを囲んで配置された四つの椅子も、英国のお姫様が座るようなふかふかの赤い座面が目を引く。
意匠を凝らした透かし彫りの背凭れ。曲線の猫脚。そのどれもが細部まで美しい。
「さあ星乃ちゃん、遠慮なく召し上がってね」
「わあ、いい香り···! いただきます」
カップソーサーに添えられたふたつの角砂糖のうちひとつを手に取り、星乃はそれを紅茶の中へそっと落とした。
飴色へ溶けてゆく砂糖をスプーンで優しくかき混ぜながら、パンケーキに染み込むバターと蜂蜜の香りを大きく吸い込む。
この甘い香りをいつまでも楽しみたいような、けれども早く口へ含ませ味わいたいような、しばし幸せな板挟みを堪能していると、蜜璃が再びパンケーキを山盛りに乗せたお皿を運んできた。
「!? み、蜜璃ちゃん? あの、パンケーキはとっても美味しそうなんだけど、でも、私たち二人でこんなにたくさん食べきれるかしら······」