第6章 甘い蜜にはご注意あれ
「カナエ、」
見慣れた格天井がぼんやりと映し出されて、星乃は夢を見ていたのだと気づく。
あまりにも鮮明な夢だった。あんな風にカナエが夢に出てきたのは久しい。
明け方、床に着く間際まで衣替えをしていたせいかもしれない。
縁日で袖を通した浴衣をもう一度綺麗に畳み直し、畳紙 (たとうがみ) に包んで桐箪笥 (きりたんす) へと納めた。
あの帯と帯留めがカナエからの贈り物であることに、しのぶは気づいていたのだろうか。
直接的な物言いはなかったが、ひょっとすれば、しのぶは悟ったうえで星乃の浴衣を煽ててくれたのかもしれない。そう思うと胸を詰まらせずにはいられなかった。
一緒に縁日へ行く約束は果たされぬまま、その年の冬、逝ってしまったカナエ。匡近が亡くなって、そう月日も流れていない頃のことだ。
鈍い動作で寝床から上半身のみを起こすと、ようやく意識がはっきりとした。障子から射し込む陽光の具合からして、午の刻 (午後一時) くらいであると予想される。
任務から戻り、衣類を片しているうちに眠気に襲われ床に着いたから、おそらくは。
いつもより少し寝過ぎてしまった感じがする。
目尻に残る涙を拭い、星乃はぱしりと掌で頬を叩いた。
「さ、起きなくちゃ。今日は任務の前に蜜璃ちゃんのお家に行く約束があるんだから」
数日前、診察で蝶屋敷を訪ねると、星乃はそこで【甘露寺蜜璃】に出くわした。
甘露寺蜜璃も柱の一人である。
鮮やかな桃色と、毛先に若草色が帯びた長い髪。隊服は女性隊員が最初に必ず縫製係から手渡される肌の露出が多いものを着用している。
大抵の女性隊員は基準に基づいた隊服の作り直しを要求するが、(しのぶは裁縫係の目の前で露出の高い隊服を燃やした) 蜜璃は少しぼんやりしている心優しい性格のため、女性隊員の隊服は皆これだと丸め込まれて今に至る。
とはいえ容姿の抜群に整った蜜璃にはその隊服がとてもよく似合っていた。
愛らしく人懐こい性格の蜜璃。初対面の星乃とも美味しい茶店や甘味処の話をしているうちにその場ですぐに打ち解けた。
ぜひお茶にいらしてとの誘いを受け、本日は甘露寺邸にお邪魔することになっている。