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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第26章 番外編 ② 或る風の息吹の




 『文乃ちゃんが』


 キヨ乃からの言葉を聞いて、この紙切れに書をしたためた人物の正体がわかった。

 文乃が実弥の稽古を眺めていることに気がついてから、飛鳥井家を訪れた初日に感じた視線も文乃だったのだと知った。
 文乃の自室と思しき場所からはいちごの苗を植えた露地庭がよく見える。



「実弥ちゃんは果実の栽培に詳しいのかい?」

「詳しいっつぅほどでもねェが、以前種苗(しゅびょう)業を営んでる農家を少しばかり手伝ったことがある」

「そういえば実弥ちゃんの出身は商売の盛んな町だったねえ。道理で納得しましたよ」

「あァ活気のある町だった。たまに馬が暴れちゃ商売道具蹴散らしたりして盛んすぎるときもあったがなァ」

「それは大変だこと」

「そういった暴れ馬を大人しくさせる仕事なんかも少ねェが日銭になんだ。蹴られどころが悪ィと死んじまう場合もあるからってビビっちまって、テメェで扱えない商売人もいてよ」

「実弥ちゃんが歳のわりに物知りなんは、きっと幼い時分から周囲のお手伝いを買ってせっせと励んできた賜物なのでしょうねえ。立派。立派」



 うん、うんと頷きながら、『立派』を強調するように発音を強めるキヨ乃を見ながら、ちと無駄話し過ぎたか···。実弥は面映い気持ちで頭をかいた。

 姉弟子の星乃は父の林道よりも祖母似だなァと思う。

 星乃は会うといつも実弥の身体を気にかけたり困ったことはないか聞く。毎度土産だと言っては甘味や果物を持ってくる。匡近とはまた違ったお節介さはあるものの、しかし必要以上に実弥の過去の核心には踏み込まない。

 匡近が正面切ってずかずかと入り込んでくるような奴なので、星乃が控えめに感じるだけかもしれない。

 しかし見た目の繊細さからは想像もつかぬほど、土壌に堆肥を混ぜれば明らかに比率がおかしく、藁を敷けば肝心の苗まで隠してしまう星乃の苗への接し方の腑抜けさに、実弥はぎょっとしたのである。

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