第26章 番外編 ② 或る風の息吹の
「明日からしばらくは山籠りでの修行になるのね」
素振りに励む実弥のそばの縁側で、自身の刃にぽんぽんと打粉を馴染ませながら星乃が言う。
視界の端に映り込む星乃の目線は実弥ではなく日輪刀に注がれていて、独りごちる程度の口調にも受け取れたその言葉を実弥があえて拾い上げることはなかった。
木刀で空を斬る音が、麗らかな冬の陽射しに小気味よく調和し溶けてゆく。
「そうだ、今日は匡近から実弥へっておはぎを預かってきたの。隣町にひと月ほど前から店を構えている甘味処のものなんですって。美味しいって評判だからぜひ実弥に食べてもらいたいって」
おはぎと聞いてつい星乃を向いてしまった実弥の頭上に‘’不覚‘’の文字が落ちてきたことは言うまでもない。
そんな自身への恨めしさから顔をしかめた実弥とは対照的に、星乃はたちまちその表情にパッと鮮やかな大輪の花を咲かせた。そして、ふわりと実弥に微笑みかける。
一体なにがそんなに喜ばしいのだと妙な気持ちになるほどには星乃の笑顔が華やいで見え、とうとう姉弟子にまでおはぎ好きを悟られた気恥ずかしさも伴い実弥の耳殻は熱を宿した。
兄弟子に好物がバレたのは先日のこと。
どうやらキヨ乃がぽつりと匡近に漏らしたらしい。とはいえ実弥は好物の話を口外した記憶はまるでなく、おそらく時折キヨ乃が作って出すおはぎを毎度五つは軽く平らげてしまうことから悟られてしまったのだと思う。
「お茶の準備をしてくるから一段落ついたら休憩しましょ」と立ち上がる星乃を無言のまま横目で見送る。
素振りが二千回に到達した頃、すでに縁側には休息の準備が整えられていた。
皿の上には粒の餡を纏った拳大のおはぎが二つ。湯呑みに注がれた煎茶を見れば茶柱が一本ぷかぷかと浮いている。
「はい。なにか困ったことは起きてない?」
「···別にねェよォ。毎度そう言ってんだろ」
「私にできることなら力になるから、いつでも遠慮せずに声をかけてね」