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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第26章 番外編 ② 或る風の息吹の



 実弥の師範となる男は飛鳥井林道と名乗った。

 妻に先立たれた林道は実母のキヨ乃と娘二人の四人家族で、ここ飛鳥井家は戦国の時代より代々鬼狩りを受け継いできたという歴史のある家だった。

 林道は気さくで明るくおおらかな性格だったが、ひとたび修行を開始すれば人が変わったように厳しくなる。

 己の体力には自信があった実弥でも、さすがにはじめは死ぬ想いがした。走るという単純な基礎ひとつを取っても、命を脅かされる仕掛けの施された山道や獣道を延々と巡らされては幾度となく気を失った。鬼を独自で追いかけていた頃とは比べ物にならぬほどにきつかった。

 とにかく鍛錬のすべてが常軌を逸していたのである。

 反して実弥にはその厳しさが救いでもあり、ひたすら鍛錬と修行に打ち込み続けてゆく時間は実弥の焦燥を和らげた。
 目的ができた今、どこへ向かって良いかもわからずがむしゃらに鬼を追いかけていただけの日々よりも、ずっと前を向く気力をくれた。

 そんな修行漬けの生活も、三月(みつき)が経過しようとする頃になれば次第に身体にも変化がでてくる。

 心地よく疲れ果てた身体は生きるための欲を素直に欲した。
 よく食べ、よく眠り、そうして鍛え抜かれてゆく筋肉は、やつれていた実弥の体格をひと回りもふた回りも成長させた。

 実弥の成長してゆく過程を見守り導くのは師範の林道だけではない。匡近や星乃もたひたび飛鳥井の家を訪れては実弥の上達ぶりに刮目(かつもく)した。

 それほどまでに、実弥の成長は著しかったのである。

 星乃が生家であるこの家を頻繁に訪れるのには納得がいく。しかし何故匡近(コイツ)まで···。
 眉間を歪める実弥が体力作りに奮闘している様子を眺め、『頑張れ実弥ー! もっと腰を落とせ実弥ー!!』と鬱陶しいこと極まりない声援を送ってくる匡近に、『テメェの声は耳障りなんだよ散りやがれェ!!』

 目くじらをたてる実弥の怒声が屋敷にこだましては季節が流れた。



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