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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第26章 番外編 ② 或る風の息吹の



 縁側から立ち上がり、花壇に近づく。やはり近くで見ても狭い。おまけに苗を深く植えすぎていて、大事な生長点、──すなわち茎の先端部の茎頂と根の先端付近にある根端──が土の中に隠れてしまっている。これでは苺の実が育たない。



 ( ···まさか、適当に土に埋めときゃ勝手にすくすく育つと思ってんじゃァねェだろうなァ··· )



 あり得る···と。実弥は一瞬 "無" になった。

 そもそも苺は高級な果物で、一部の裕福層しか手に入れられないような代物だ。
 近年甘味に使う店も増えているが、小粒のものを半分だとか、見栄え不良を大量に安く仕入れ液状やのり状にしたものを甘味に練り込む類いが多い。実弥も一粒丸々を口にしたことはない。

 栽培する農家もまだ数えるほどしかなく、故に一般家庭で育てることなどできるのか疑問だ。

 少なくともこんな植え方をしているようでは星乃に専門の知識があるとは到底思えなかった。

 実弥の感じた星乃の最初の印象は、いかにも世間知らずで大事に育てられてきたのだろう雰囲気の、ふわふわしていそうな女だった。



 ( ···いいや )



 思ったところで内心で首をふる。

 あの女も鬼殺隊。粂野同様、鬼を斬ってる。

 鬼と対峙してきた実弥だからこそわかる。

 どんな容貌魁偉 (ようぼうかいい) な男でも、鬼に捕らえられれば赤子同然。いともたやすく肉を割かれ骨を折られる。

 速さも力も敵わない。滅びるか逃げ切るか、成し遂げるまでつきまとう生き地獄。

 鬼狩りなど、世間知らずのお嬢様が生半可な覚悟でできる生業じゃない。

 師範の修行は死ぬほど厳しいぞと言った匡近。あの二人はそれを越え、最終選抜とやらを生き抜きこの場所に立っている。

 少なくとも今は、技も力も、闘う術のすべてにおいて二人のほうが遥かに上の次元にいるのだ。



「!!」



 突然ハッとなにかに気づき、実弥はその場で勢いよく立ち上がった。

 きょろきょろと周囲を見渡すも、人影は見当たらない。匡近もまだ戻ってくる気配はない。



「···気のせい、かァ?」






 人の視線。



 誰かに見られているのを感じたのだが──…。





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