第26章 番外編 ② 或る風の息吹の
そばの縁側を指差した匡近に悪態をつくことはもうしなかった。どのみち師範とやらが不在ならばじたばたせずに待つしかないのが現状だ。
星乃は匡近にお礼を言うと、お茶と食事の準備に取りかかると言い母屋まで急 (せ) くように駆けて行った。
続くキヨ乃ものんびりと星乃のあとをついてゆく。
鉢の欠片を素早く大新聞でくるみ、すたすたと敷地の隅に佇む蔵を目指して歩いて行く匡近の背を眺め、ひとりになった実弥は思わずフゥと肩で息をついた。
縁側に腰掛けると穏やかな風が吹き、空腹をごまかすように清らかな空気で腹を満たす。
鬼殺。鬼狩り。
師範。修行。
日輪刀。
匡近の口から出た単語を改めて反芻しながら、巻軸帯の巻かれた腕をじっと見つめる。
まだ薬が効いているのか痛みはさほど感じない。
しかし、自分は絶えず心のどこかで身体的な痛みを欲していたのかもしれないと思う。
"あの夜" の出来事は、実弥にひとときの忘却ももたらさない。
弟妹たちはどれだけの痛みや苦しみに耐えただろうか。
───こんなものではないはずだ、と。
過ぎし刹那は永遠に変化を遂げて実弥の焦燥を支配する。
鬼にも痛覚があると知った日は、より自分を呪わずにはいられなかった。より鬼を憎まずにはいられなかった。
眼前をいろは紅葉の葉が円を描くように落ち、微かながら、ここへ来て、暗闇の先にちらついた細い糸を掴んだような思いがしている。
空を見上げ双眸を閉じ一呼吸。
再び眼球に取り込んだ秋晴れの風景の色彩は、やはりまだぼんやりとくすんでいた。
そのとき、星乃が植え替えたと言っていた苺の苗が目についた。
苺の栽培用にわざわざ掘り起こしたのか、庭の一部の狭い面積を利用して、周囲に石を並べた半円形の花壇を作っている。
そのなかに三つの苗が平行に並んでいるのだが、間隔がやけに狭い。