第26章 番外編 ② 或る風の息吹の
素直になれない実弥をよそに、匡近がひょこと身体を横に傾け「おーい、キヨ乃婆ちゃん!」と叫んだ。
大きく広げた両腕でブンブンと空を切る匡近の視線をたどっていくと、紺色の着物に白のたすきと前掛けをした、いくらか年老いた女が見えた。
慎ましく手を振り返す老女を無表情で眺める実弥に、「うちの祖母よ」と星乃が微笑みながら言う。
しばらくして、祖母のキヨ乃が穏やかな顔つきでやってきた。
キヨ乃は遠目からの印象よりも若々しかった。小綺麗に着付けた着物ではなく、活動しやすい、そのまま茶摘みにでも行けそうな装いをしている。
頭に結んだ手拭いから覗く毛髪は白く、優しげな目尻や口もとに刻まれている皺は深いが、シミの無い皮膚や血色の良い唇は老女と呼ぶにはいささか失礼な気がするほどの清潔さがある。
「おや珍しい。今日はお連れ様もいらっしゃるのねえ」
「久方ぶりの弟子入り希望者だよ婆ちゃん」
実弥の背をぽんと叩いた匡近の声は、期待に心弾ませているような、これから先の困難を示唆するような、どちらとも取れる両極端な熱を含んでいた。
キヨ乃の垂れ目がちな双眸が柔らかく細くなる。
「それはまあ···こんな街の外れまでどうぞよういらっしゃいました。お茶でも淹れますから、お二人共こちらにお上がんなさいな」
「でしたらお茶は私が淹れて参ります。その代わり婆様には今から二人分の食事のお支度をお願いしてもいいかしら? 匡近も彼も昨晩からひとつも食べ物を口にしていないみたいなの」
「ええ、ええ。もちろんですよ。ならすぐに取り掛からないといけないねえ。星乃ちゃんもお手伝いしてくれるかい」
「任せて婆様」
「星乃、ここは俺が片しとくよ。割れた鉢は蔵の裏手に埋めておけばいいんだろ?」
「そんな、いいのよ匡近。ここは私が後で片すから、匡近は不死川くんを客間まで連れていってくれる?」
「いいからいいから。片し終えたあとちゃんと連れて行くからさ。不死川、すぐに戻ってくるから少しの間そこの縁側に腰掛けて待っていてくれないか」
「···あァ」