第26章 番外編 ② 或る風の息吹の
ここへ来るまでの道すがら、匡近と共に診療所へ立ち寄っていた実弥。
鬼殺隊の存在を知ったその後、そうと決まれば善は急げと言わんばかりに育手の家を目指して歩いた。途中、匡近には何度も『少し休憩したほうがいい』と促されたが耳を傾けることはせず。
しばらくすると、腕の巻軸帯に徐々に血が染み出してきた。
それに気づいた匡近が、頑なに拒む実弥の首根っこを掴んで強引に診療所へ放り込んだというわけである。
実弥が診療所を拒んだ一番の理由は金銭の不足の懸念だ。しかしそんな実弥の心情を汲むように、金の心配はいらないと治療代は匡近が支払った。
借りは必ず返す。
そう告げる実弥に対し、匡近は『なら出世払いで頼もう』と無邪気に笑った。
「大分ひどい怪我だったが薬も処方してもらったし、しばらく安静にしていれば別段問題はないそうだ。ただ、なにか栄養のあるものを食べさせてやってくれないか?」
「それなら婆さまにお願いしてくるわね。えっと、不死川くん···だったかしら。なにか食べられないものがあれば教えてくれる?」
二人の双眸が同時に実弥に向けられる。
「ンなことより──」
ぐぅ···。
"飯よりも早急に弟子入りさせてくれ"
そう続くはずだった言葉は、突如実弥の腹の虫が鳴いたことにより声にならず終わった。
三人の間に一呼吸の沈黙が流れる。
直後、「ははは!」と匡近が腹を抱えた。
「そうだよなあ、あの町から何も口にせずここまで歩いて来たんだもんなあ。うん、俺も腹減った!」
「ふふ。一緒に匡近も分も用意するわね」
「ッ"、俺は減ってねェ」
ぐぅぅ···。
「あ、ほらまた鳴った」
「鳴ってねェ!」
「なんで嘘つくんだよ。人間なんだから腹が減るのは当然のことだろ?」
「···っ"」
──腹が減った。
悔しいが、実弥は今、確かにそう感じていることに気づいた。
それは長いこと忘れていた感覚だった。