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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第26章 番外編 ② 或る風の息吹の



「あれ、どうしたんだ? その鉢」

「あ···」



 星乃の足もとで、素焼きの植木鉢が割れていた。余分な土は無く、大新聞を広げた上に破片が重ねてまとめられているところを見ると、すでに片し終えたあとであることがわかる。



「うん···ちょっとね、移動させようとしたら落としちゃって」



 そう言いながらほのかに笑う星乃の顔が、実弥にはふと、寂しげに見えた。



「落としたって···大丈夫か? 怪我してないか? 手間仕事なら俺も手伝うぞ?」

「植え替え自体はそこまで大変なことじゃないのよ。ただ運ぶときにうっかり段差につまづいちゃっただけなの。大丈夫。怪我はどこもないわ」

「星乃はおっちょこちょいなところがあるからなあ。気をつけてくれよ」

「本当、もう少し気を引き締めなきゃね」



 また、同じように笑む。

 それは覚えるある相好だった。

 まだ実弥の実父が生きていた頃、時折母が自分たちに向ける相好。

 気随気儘に暴れる父からその身ひとつで子を守り、ようやく嵐が過ぎ去ったあと、母の身を案じて駆け寄る弟妹たちに「大丈夫よ」と笑ってみせる。

 我が子の不安をそれ以上煽らぬよう、懸命に強く振る舞おうとしていた、母の。



「それよりも···匡近」



 不意に、星乃が実弥を見た。

 ぱちりと視線が重なって、なぜか微かに心臓が飛び跳ねる。

 気がかりな笑顔だと、思わずじっと眺めていた矢先の出来事だったため、実弥は気まずさを覚えてすぐさま星乃から視線を背けた。



「その子、もしかして···?」

「ああ。彼は不死川実弥。任務中未明に出会ったんだ。それで師範に挨拶に来たんだが」

「父様、今外出しているの。でも昼時分には戻ってくるって言ってたわ」

「そうか。なら俺も一緒に待たせてもらうことにするよ」

「ええ。匡近も任務明けで疲れているでしょう? 少し身体を休めるといいわ。···あら? あなたその腕の怪我···大丈夫?」



 星乃が気にして実弥の腕に視線を配る。

 実弥が自己で手当てを施していた箇所は、適切に処置し直されていた。




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