第26章 番外編 ② 或る風の息吹の
ゴトン···ッ。
鉛の玉を落としたような衝撃が耳もとに響く。併せて身体が軽くなり、横合いに首をひねると血走った双眸が実弥を見ていた。鬼の顔だ。つぎはぎの顔が転がっている。
ひととき呆然とした直後、実弥に馬乗りになっていた鬼の体躯がぐらりと傾き地面に崩れた。
「お···に"ガ、ぃ···」
耳に届いた声にハッとする。
その場で跳ね起き即座に鬼と距離を取る。
腕からの出血がひどかった。鬼に噛みつかれたのは痛手だ。血の気の引く感覚に襲われて、寸刻眼前がぐらりと歪む。
「じに、だ、ぐ···な」
鬼はぎょろりとした双眸で実弥を追いかけ、再び言葉にならない声を発した。倒れた体躯は地に伏せたまま動かず、指先だけが彷徨うように畦道の土を引っ掻く。
「···おーい!」
前方から駆けてくる人影が見えたのはそのときだった。
実弥はとっさに鎌を持ち身構えた。
やって来たのは、詰襟の、まるで軍服にも似た型の装いをした、人間の男だった。
黒髪の短髪。上背は実弥とほぼ同じだが、まともな食事をしていない実弥とは体格が違っていた。年齢はさほど変わらないように見え、まだ少年と言える顔立ちをしている。
「──大丈夫か!?」
そう叫びながら慌てて駆け寄ってきた男の左頬には、二つの深い創痕があった。
しかし実弥は返事をせずに、男を無視して鬼の体躯に鉄鎖を巻きつけようとした。
鬼はまだ再生していない。動きもない。ならば今のうちに縛り上げてやろうと思った。
この詰襟の男は手に刀を持っている。
さきほどはとてつもない勢いの風が吹き荒れ何が起きたのかわからなかったが、おそらく状況を察するに、男があの刀で鬼の頚を斬ったのだろう。
とはいえ、実弥はこれまでに幾度となく残酷な事実を目の当たりにしてきた。
鬼の体躯がことごとく再生してゆく忌々しい様を。
『陽の光でないと鬼は死なない』
そう思っていた実弥は、そこで信じられない光景を目撃する。