第5章 出藍の誉れ
生と死の極限の狭間で毎夜鬼の頸を狩り、目の前で助けられなかった命の場面に遭遇することも一度や二度ではないなかで、自責の念に駆られるたび失う恐怖にがりがりと蝕まれては、やがて心にぽっかりと穴が開く。
それは誰にでも起こりうることで、いつ、何がその身に降りかかるかは誰にも予想がつかない。
人の血肉を喰らうだけじゃない。
鬼は、そうして遺された者の心までもを喰らっていくのだ──。
『死ぬな』と、林道は実弥を見据え迷いなく放った。
在りし日の、匡近に連れられここへやって来た実弥。成長した実弥の背後に、今よりもずっと小さな実弥の面影を見ながら、林道は思う。
あの日、一目見た瞬間、こいつには抜きん出た才があると心が踊った。
鍛え上げれば上げるだけの素質が、実弥にはある。将来必ず柱となれる逸材だろうとの直感に心髄が震えた。
見込んだ通り、実弥は与えられる過酷な修行を、これまでのどの弟子よりも速く、高い身体能力で乗り越えてきた。感情的になりやすく好戦的な性分ではあるが、飲み込みが速く頭も良かった。
実弥はとうに、師範である自分を越えた。
今実弥と剣技を交えても、おそらくは敵わないだろう。
林道は実弥を誇りに思う。しかし同時に、実弥には一人の男として、この世に生を享けたものとして幸せになってほしい。そんな願いが日に日に大きくなるばかりだった。
皮肉なものだ。
強くなれと叱咤激励し育て上げたのは紛れもなく過去の自分であるというのに、惰弱な心が実弥をこれ以上遠くへ送り出すことに強い葛藤を抱かせる。
もちろんそれは、星乃に対しても同等だった。
強くなるということは、より"死"にも近づくということだ。
強い剣士たちが上弦の鬼にことごとくねじ伏せられる瞬間を目の当たりにし、鬼のその異常な強さにひどく打ちのめされてきた。
どれだけ肉体を強化しようが、異能を操る鬼と生身の人間とでは、圧倒的に人間が不利であることには変わらない。
自分がこうして生きていられるのは、運が良かっただけ。
文乃が生まれすぐに妻が他界し、その文乃も病弱で、以前と同じようには鬼狩りに時間を割けなくなった林道は若くして鬼殺隊を引退し育手の道を歩むことに決めた。