第5章 出藍の誉れ
これはもう、逆転は厳しいだろうな。
背中を丸めようとした実弥に対し、まるで降参を遮るように首を振った林道は、実弥の肩にぽんと手を乗せ淋しそうに微笑んだ。
もう少しここにいてくれ。
そう乞うように。
「父様、実弥? 朝ごはんの準備ができたわよ」
開いたふすまの向こう側から星乃が顔を覗かせる。
「ああ」
「今行く」
冷めないうちにね。と言い残し去っていく星乃の背中を、二人は見えなくなるまで追いかけた。
「匡近を亡くしてからというもの、ひどく落ち込んでいた俺を、お館様がずっと気にかけてくださってなあ······今でも時折、手紙をいただくんだ」
腰を上げ、庭の上空を飛び回る鎹鴉に双眸を向けながら、林道はぽつぽつと言葉を紡いだ。
「今の柱たちの実力は、相当なものだと聞いている。そこに期待しているのだと言ったら、お前たちの負担になるばかりだろうが」
「悪しき鬼共は、自分が殲滅する覚悟です」
実弥の声は固い決意に満ちていた。それは、林道と出会った当初からひとつとして変わっていない。
「俺は、これまでも、多くの弟子を亡くしてきた。現役の頃も、目の前で幾人もの仲間が死んだ。それでも、彼等の死が決して無駄になることのないように、育て続けることが自分の責務だと言い聞かせ子供たちを送り出してきた」
鬼がいる限り、剣士を絶やすことだけは、あってはならないんだ。
僅かに語気を強めてはみせたものの、窓の外から射す陽光で照る足もとに視線を落とすと、林道は時の間言い淀んだ。
「···歳のせいでもあるのだろう。少しばかり、臆病になってしまったのかもしれない」
実弥は、林道の言葉に黙って耳を傾けていた。
自分たちは、人間だ。
荒行で鍛え上げた強靭な肉体を纏おうと、血の吹き出た場所が瞬時に再生することはなく、失った手脚は一生涯戻らない。鬼とは違う。
心も同じだ。
優れた身体能力と折れない精神でひたすら戦い続けてきた剣士が、あるときふと中枢を抜かれたように刃を振れなくなることがある。