第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
「ふふっ。やっぱり実弥だったのね。時折身に覚えのないお花が生けてあるからもしかしたらって思っていたの。実弥だっていう確証はなかったけれど」
「て、んめえェェ···俺にカマかけるたァ、いい度胸じゃねェかァァ」
「そんな、照れなくてもいいのに」
「フン···別に照れちゃいねぇよォ」
眉をえらく吊り上げながら実弥はそっぽを向いてしまう。そんなつれない反応をしてみせる実弥にも星乃はすっかり慣れっこだ。
実弥と星乃は姉弟弟子の関係である。
日本全国各地には、【育手】と言われる呼吸の使い手が存在していて、彼らは右も左もわからぬ入隊希望者に呼吸と剣技を一から教え込む指導者だ。風の呼吸を操る星乃の父親は、実弥の育手の師でもある。
星乃の家は代々鬼狩りをしている飛鳥井家という一族で、飛鳥井の家に生まれた星乃は幼い頃から鬼狩りとしての知識や剣術を学んで育った。
無論、鬼殺隊への入隊は強制ではない。先祖代々受け継がれる使命感というものが、飛鳥井の血を駆り立て受け継ぐ者たちの士気を高めるのだという。
故に一族から鬼狩りが途切れることはなく、しかし命を落とした縁者も多くいるため、星乃の家も毎年お盆の時期となれば迎え火や送り火で先祖を偲ぶ。
「父様ね、匡近のことを思うと、今でもすごく胸を痛めるの。そのぶん実弥をとても心配しているわ」
「そりゃァお前ェ、匡近は、お前の」
「あ、そうそう忘れてた。婆様におはぎを頂戴してきたの。実弥、婆様お手製のあんこ好きだったでしょう?」
ぺん、と軽く両手を叩き、星乃は身体の向こう側から真四角の布包みを取り実弥の前に差し出した。
間が悪かったのだ、と実弥は思う。
今日はきな粉もあるのよと微笑む星乃にそれ以上話を続ける気になれず、実弥は送り火の炎を横目にのろりと腰を持ち上げた。
「···茶ァ持ってくっから、少し待ってろォ」