第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
耳殻を甘咬みされて身体が跳ねる。着物の襟の隙間から内へ入り込もうとしている手に気づき、星乃は肩をよじらせた。
「ま、まって実弥、こんなところじゃ」
「···何もしてねェ」
「それならこの手はなんですか···?」
「ここに乳があるからだろォ···」
「わ、私の胸はお山ではありません···っ」
「あァそうかぃ上手ェこと言うなァ···」
「実弥お声が眠そうよ···? 横になったらどう?」
「···眠くねぇ」
「じゃあ一度お水を飲みましょう?」
「俺ァ酔ってねェ···」
「ぇぇぇ······う~ん、困ったなあ」
鍋の中の湯が沸々と揺れはじめ、そろそろ徳利を湯煎にかけないと···と星乃は調理台の上の酒を気にした。
もともと火や割れ物の扱いには慎重になる星乃。実弥が背後からちょっかいをかけてくると思うように動けなくなってしまう。
悩んだ末、星乃は焜炉 (こんろ) の火加減をそっと弱めた。
つい先日、この家にもガスがやってきた。とても使い勝手が良く衛生的だが、料理によって竃と使い分けているため炭治郎の炭も欠かせない。
特に白米は炭治郎の炭を使って竈で炊くものが家族は皆好物だ。星乃がよく蝶屋敷へ出向くのは、この炭を買うためでもあった。
実弥の髪が首をくすぐる。お酒の香りの隙間から爽やかな新緑の風のような匂いがして、星乃はそっとまぶたを閉ざした。
日夜、思う存分実弥や子供たちと戯れていても、互いに触れ合いたいという欲が尽きることはない。それに今夜は珍しく酒に酔った実弥が愛らしいことこの上なくて、(本人は頑として否定しているが) このまましばらく実弥を甘えさせてあげたいという母性にも似た感情が沸いてくる。
寸刻穏やかな時が流れると、星乃の肩に、こてんと何かが乗っかった。
(···え)
まさかと思い目線を右下に泳がせる。
肩には実弥のひたいが付いていた。
(寝ちゃ······?)