第5章 出藍の誉れ
正座から立ち上がり、仏壇の隣に置かれた小柄な収納木箱から仏扇を取り出すと、星乃はろうそくに向かって穏やかな風を送った。
ふっと炎が消え果てて、漂う線香の白煙が肥大して渦巻く。
星乃の家族は、変わらずにあたたかい。
やはり足を運んで良かった。
実弥の心がひとときほっと凪いでゆく。
星乃たちとの出逢いがなければ、実弥の世界はずっと色褪せたままでいただろう。
庭のいろはもみじが変色を見せはじめ、緑色に赤を帯びたものが幾つか小刻みに揺れている。
秋の深まる気配が、すぐ傍までやってきていた。
「そうか···那田蜘蛛山では、多くの隊士が死んだか」
口に付けた湯飲みを離し、切れ長の目を伏せた林道は声を落とした。
「十二鬼月がいたのか」
「はい。しかし十二鬼月といっても下弦の伍。他数体の鬼もいたようですが、どの鬼もさして手こずるほどのものではなかったと把握しています。更には、上の指示に従えぬ者も多かった」
「···ふむ」
「急遽柱二人が駆けつけようやく落着したとのことですが、このままでは隊士の質が落ちる一方であるとの懸念が否めません」
「まあ、そこは致し方ない部分もあるのだろうがなあ···」
「まず、育手の目が節穴ではないのかと。使えそうな奴かそうでないかくらいわかりそうなもんでしょう」
「ははは、実弥は厳しいな」
林道の手が、将棋板の実弥の自陣に飛車の駒をピシャリと打った。
む、と実弥の眉間に皺が寄る。
「···師範はもう、希望は募らないのですか」
考えて、実弥も飛車の駒を手に取る。
「そういうわけじゃあねえさ。覚悟を決めてきたやつの面倒はまだまだ見るつもりでいるが、やはり」
そうだなあ。とあぐらを組んだ姿勢で将棋板を見ながら林道は指先で顎をさすった。
秋晴れの正午前。
庭一面を見渡せるこの縁側は、昔から林道が将棋を指すのに腰を落ち着ける定番の場所である。
「実弥の言うことも、一理あるな」
「しばらく育てている様子はないと」
「星乃から聞いたのか」
ぱちん。ぱちん。林道が押し、実弥が逃げる。
そんな展開がしばらく繰り広げられると、茶の間のほうから二人を呼ぶ星乃の声がした。