第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
「呼び名なんざァどうでも良かったんだが、隊ではお館様の手前もあったからなァ······まァ、スミレのそれはまだ容認できるとしてもだ。やっぱ玄優のこの顔に父様はかなわねェ。俺ァコイツにゃ父ちゃんて呼ばせるぜェ」
「ふふふ。はい、承知いたしました」
「あい、しょうちいとすますたぁ!」
「「!」」
舌を上手く回せなかった調子のスミレの拙い口ぶりに、実弥と星乃は顔を見合せ同時に声をあげて笑った。
そして、玄優が成長し、実弥を『父ちゃん』と呼ぶようになるのはもう少し先の話である。
星乃は仕立て上げた衣を持って、納戸から居間へ戻った。
実弥は、二枚のうちの一枚を手に取り撫で上げ、眉尻を下げて微笑んだ。
「···よく仕上がったなァ」
「実弥、私のわがままを聞いてくれて、本当にありがとう」
姿勢を正し、畳のうえに指を揃えて頭を下げる。
「んなかしこまった礼なんざ必要ねェよ。暗ェ箪笥のなかに忍ばせとくより、使い道があるなら使ってやったほうが玄弥も喜ぶんじゃねェかなァと思ってよ」
「玄弥くんは身体が大きかったから、スミレと玄優の二人分でぴったりだったわ」
玄弥が隊服に重ねて着ていた、袖のない羽織り。上部の紫色が印象的な。
戦いの後、まだ実弥が蝶屋敷で眠っている間、ほつれてしまった箇所を可能な限り縫い直し、洗濯をして桐箪笥へと大切に保管していた。
あの日、スミレが生まれて一年後の夏の夜、実弥に聞き入れてもらったわがまま。
『もしももう一人子供ができたら、玄弥くんの羽織を子供たちの衣として仕立て直させてもらえないかな?』
大切な、玄弥の形見だ。骨も残らず消えてしまった玄弥の、ただひとつの遺品。
手を加えずに、もとの形のまま生涯保管しておくほうが望ましいかもしれないとも悩んだが、箪笥に手をかけるたびふと覗く紫色が、星乃の胸ひとつで寂しげに横たわっているように見え、あの夜、玄弥をもう一度お日様のもとへ連れ出してやれたら···という想いを思いきって実弥に打ち明けたのだった。