第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
「かあさま、かあさま」
玄優が生まれて一年が過ぎる頃、納戸で縫い物をしている星乃のもとにスミレが小走りで駆け寄ってきた。
「ん~···? なあに~?」
星乃は手もとに視線を向けたままのんびりと返事する。今しがた最後の返し縫いを終え、糸始末を済ませたばかりの星乃は縫い針と糸切りはさみを手にしていた。
糸をピンと引き上げて、プチン。玉止めした箇所を断つ。
数ヶ月前よりとりかかりはじめていた裁縫。その、とある仕立て物がようやく完成した。
ひとまず縫い針とはさみを裁縫箱の中へ戻すと、星乃は正座した身体ごとスミレへと向き合った。
「どうしたのスミレ。母様の縫い物が終わるまでは父様と一緒に玄優と遊んでいてねと伝えたでしょう?」
「ごめんなさい。でも、あのね、とうさまとげんゆうが」
──実弥と玄優?
小首を傾げ、星乃は後の言葉につまるスミレの目を真正面から覗き込んだ。
「父様と玄優が?」
言い淀むスミレを優しく導くように問い返す。
「あのね、スミレがかあさまで、とうさまがあなたで、げんゆうが、とーって、それでとうさまがぶるぶるして」
「?」
『スミレが母様で、実弥が"あなた"で』
ということは、スミレが近頃熱中しているおままごとに実弥と玄優が付き合っていたのだろう。
実弥は決まってスミレの夫役なのだ。
スミレはいつも母親役をやりたがるので、星乃がおままごとに参加する際は子供役を任される。幼子同士が集まるおままごとでは母親役を買ってでたがる子が多いらしい。そのためなかなか順番が回ってこないのだとスミレは唇を尖らせていた。
家ではここぞとばかりに母親役を満喫しているスミレ。
まだ拙い所作と口振りで、己の我が子に見立てた人形や玄優のお世話をしてみせるスミレの姿は、実弥も「なかなか様になっている」と太鼓判を押す溺愛ぶりである。