第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
「······なに、言ってやがる」
はたと目を見開かせ、耳殻に熱が帯びたのを誤魔化すように、実弥はフイと星乃から視線を逸らした。
そのとき、ほわあ、と二人の間をたよりない声が滑り抜けた。
晒木綿 (さらしもめん) のおくるみの中、結んだ手を振り上げる赤子の動作が実弥の視線を引き戻す。
「ええ、ええ、そうね。あなたも懸命に外へ出てきてくれたのよね」
「あァ、おめぇもよく頑張ったなァ」
言いながら、赤子の頭にそっと手を持ってゆく実弥。
産まれたての赤子にしては毛量の多い黒髪だった。
優しく撫でると、赤子の目が実弥に向いた。ような気がした。まだ確かな認識もできぬ目玉はその後すぐにきょろきょろと定まらない動きをしはじめる。
「あ、そうだわ。産着は実弥の浴衣をほどいて作ろうと思っているの。いい?」
「ああ、好きに使え。柄は麻の葉のモンでいいのか?」
「そうねえ。スミレのときもそうしたし、縁起がいいから···。少し勿体ないけれどそうさせてもらいましょう。実弥の浴衣はまた新調するわね」
「なら準備しておく」
「それにしても、やっぱりこの子は実弥に似てるわ」
「産まれたてじゃあ、まだわかんねェよ」
「そうかしら。目鼻立ちなんてそっくりよ」
実弥は眉尻を下げ微笑んだ。
赤子をこの手に抱いた瞬間、涙がでなかったのは気丈に振る舞っていたからばかりではない。玄弥が産まれたときのそれにあまりに似ていて、驚いたのだ。もちろん、赤子の玄弥の姿は幼い頃の朧気な記憶でしかない。我が子も成長してゆくにつれ、顔つきは変化するだろう。
星乃に似るのか、自分に似るのか、はたまた同じ血筋の誰かに似るのか。それはしばし時の経過を待たなければわからない。
「名前、早く決めてあげなくちゃね」
「先に決めておけばいいものを······顔を見てから決めてェなんざ頭が休まらねぇだろう」
「大丈夫よ。幾つか候補として絞っていたし、それにね、お顔を見た瞬間ピンときた名前があるの。あとは実弥に了承を得るだけ」
実弥はふぅんと鼻で頷き、星乃に頼まれ万年筆を手渡した。