第5章 出藍の誉れ
この家は匡近との思い出が詰まっている場所だからというのもあるのかもしれない。
「実弥ちゃんかい? よういらしたねえ。まあまあ、随分と生い育って」
鼻をかむ林道の背後から、星乃の祖母がのんびりと顔を覗かせた。
祖母の名前は『飛鳥井キヨ乃』。林道の半分ほどしかない小柄な背丈ではあるものの、足腰は丈夫でちゃんとしている。
"実弥ちゃん"と呼べるのはキヨ乃くらいではなかろうか。
「おー、婆さんも変わらず達者じゃねぇか」
「ええそうねえ、おかげさまで」
「星乃から婆さんのおはぎよく頂くぜェ。いつもすまねぇなァ」
「いいんですよ。今もこさえとりますから、たんと召し上がんなさいな」
床に踏み入った感触が、はじめてこの屋敷の門を叩いた日のことを実弥に色濃く思い出させた。
『刀一本で鬼を殺すことができるっつぅなら今すぐ俺をその鬼殺隊とやらに入れろ』
匡近にそう凄み、勢いのまま飛鳥井の門を叩いてはみたものの、林道は思っていたよりも遥かに強い圧を放って実弥の眼前に現れた。瞬時にこの男は普通の人間とは違うと悟った。
鋭い視線に圧倒される実弥の心を慰撫するように、一緒になって頭を下げてくれたのは匡近だ。純真な笑顔を見せる、優しい男だった。
匡近の死を悔やまない日は今もない。
次第に冷たくなっていく身体を支えてやることしかできなかったあの日を。
善良な人間の命が次々と儚く散ってゆく。そのたびに、もどかしさを通り越し言いようのない怒りに震える。
匡近がなにをした。弟たちがなにをした。生きることに懸命で、寝る間も惜しみ働いてくれていた母が、なにをしたというのだ。
生きていてくれればそれでいい。
貧しく慎ましい暮らしでも、家族で笑い合えればそれ以上はなにも望まない。
そんな希望さえ一瞬で散り去ったあの日の夜明けは、まるで色のない世界のはじまりだった。
「···星乃?」
応接間に差しかかったとき、星乃は実弥を部屋に通して一人どこかへ向かおうとしていた。
「お線香あげてくる。実弥はここでゆっくりしていて」
「あぁ···なら、俺も行かせてもらう」
「そう?」