第5章 出藍の誉れ
「実弥、実弥っ、実弥ー!」
「父様ったら、そんなに慌てなくても実弥は逃げないわよ」
屋敷の玄関口を跨いだ直後、とある人物が騒々しい足音を響かせ奥の間から大股で駆けてきた。
興奮した面持ちで頬を上気させるこの男こそ、星乃の父、【飛鳥井林道 (りんどう)】である。
「実弥ぃ、待ってたぞぉ。なんだお前すっかり立派になりやがってこのやろう」
「久方ぶりにございます師範。殊のほか暇 (いとま) に帰参も出来ず、柱昇格の一報も簡素な消息のみとなりました無礼、まずは心よりお詫び申し上げたく存じます」
「どうした実弥ぃ! そんなかしこまったこと言うんじゃねえ、俺は照れるぞ!」
「痛ってェ···っ」
一礼する実弥の背中をバシバシ叩き、林道はおいおいと溢れんばかりの涙をこぼした。
着ている作務衣 (さむえ) の袖口をびっしょりと濡らすほど、久方ぶりの弟子を帰りをいたく歓迎している様子だ。
「年々涙脆くなってるのよ、父様」
星乃が実弥にこっそりと耳打ちをする。
林道は一見すると物静かで近寄りがたい雰囲気を持つ男だが、実際の性分は感情豊かで気風 (きっぷう) がいい。
年を追うごとに涙腺ばかりが緩くなるのだと、星乃は感涙にむせぶ林道を見つめながら困ったように微笑んだ。
実弥は泣き伏す林道の下がった肩に目を留めた。よく見ると、身体の線がやや細くなったような気がする。
剣技の腕が今もなお健在であることは、立ち居振舞い、全身の筋肉を見れば一目瞭然。叩かれた背には疼くような痛みが残り、相変わらずの師の馬鹿力には図らずも懐旧の情が湧く。
一方で、呼吸を会得する修行に励んでいた頃の実弥には、今よりもずっと林道が大きく見えていた。
あれから、どれだけの月日が流れただろうか。
鬼狩りに命をかけ生死と隣り合わせの場にいると、ふと季節の流れに無頓着になっていることに気がつく。
いつの間にか自分は、ずいぶんとがむしゃらにここまで来ていた。
林道を前にして、そんな、どこか涙雨に打たれたようなうら寂しさが実弥の心を吹き抜けた。