第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
持ち上げかけた視線の先が、すぐにまた胸もとに埋まる。否、少々強引に押し戻された、と言ったほうが正しいだろうか。
後頭部を抑え込んだ掌に、『見んじゃねえ』という圧が加わったのがわかった。
「早朝の、空眺めてる姿とかよ···。庭先や門まわりに水撒いてるときの佇まいなんかにはつい目が向いて、見惚れちまうくれェだ」
「や、やだ、そんな風に見ていてくれたなんて、全然知らなかった」
「たりめェだ。逐一報告なんざしねェ」
「気を遣って褒めてくれてない···?」
「ハァ? んなことにわざわざ気ィまわしたりすると思うかァ? 俺がァ」
実弥からは照れ隠しのような声音が返った。
星乃もまた赤面しながら遠慮がちに首を振る。
実弥は、裏表のない人だ。そのうえ他人に良く見られようという欲もないから、上面だけの言葉を口にすることもない。故に、ぶっきらぼうだがまっさらで濁りがなく、芯のある実弥の言葉に嘘偽りはないという確かな実感が徐々に星乃を満たしていった。
「そりゃあ、スミレは愛らしくてたまんねェぜ? お前と俺の子だからなァ。だが、お前は俺が、······唯一惚れた女だろうがよォ」
面映ゆさがひしひしと伝播する。それでも懸命に言葉にしてくれる実弥が、優しさが、とても愛しい。
「···ありがとう実弥···。すごく、嬉しい」
星乃は、猫が家主に甘えるように実弥の首筋に頬擦りをした。
──好き。好きよ。大好きよ。
湧き上がる想いを胸の内で囁きながら、今宵もどことなくもどかしい気持ちに駆られる理由を追い求めると、果たして自分はどれだけの言葉を持ち合わせているのだろうかという歯痒さに行き着いた。
夫婦になっても、家族が増えても、色褪せることのない気持ち。
膨らむばかりの恋慕は時に言葉では追いつかなくて、募るもどかしさは今宵も熱になってゆくばかり。
口づけを頬に乗せれば、実弥の身体がぴくりと揺れる。
この唇は、愛の言葉を知らなすぎるのだと星乃は思う。