第25章 番外編 ①:*・゚* 或る風のしらべ *・゚・。*:
実弥はこれまで、面と向かって星乃の容姿を褒め立てた試しがない。以前、浴衣を着て出向いた縁日で『綺麗』だと言ったものしのぶが水を向けてのことだし、祝言を挙げたときでさえ、身仕舞いを終えた星乃を前に『···いいんじゃねェか?』と言ったきり。
飛鳥井の親族が、『星乃ちゃんとっても綺麗だわあ! ねえ、実弥さん!』と促したところでようやく『はい』と肯定してみせた程度である。
不器用で照れ屋な面もあるけれど、家族をとても大切にしてくれている実弥。
営みはスミレが生まれてからも変わらずあるし、時折愛おしむような言葉を紡いでくれることもある。
それでも、ふとしたときでいい。例えば髪飾りを変えてみた日や、普段よりも念入りに化粧を施してみた日など、気づいてもらえるだけでもいい。頻繁でなくても構わない。
夫婦 (めおと) になっても、この先歳月 (とし) を重ねても、愛するひとの口から綺麗だと言われたら思わず頬も緩んでしまう。それが女心というものではないだろうか。
しかし、その点において実弥はわりと鈍かった。
「んなもん、別にかしこまって言うことでもねェだろうがァ」
小恥ずかしさを隠しきれない様子で実弥はそっぽを向いてしまう。こういうことになると相変わらずである。
「かしこまってもかしこまらなくても、好きなひとから綺麗や可愛いと褒められるのは女性にとっては嬉しいものなのよ。どんな小さなことでも」
「···そういうもんなのかねェ」
実弥からは今ひとつぴんとこないような返事が返り、星乃は少々しょんぼりしながら寸刻唇をへの字に結んだ。
( 薄々思ってはいたけれど、実弥は私の見目形にさほど興味がないのかしら··· )
もちろん、人は決して見た目ではない。だとしても、愛するひとからまるで興味を持たれないのもまた寂しいものである。
どんなに拙い褒め言葉でも、実弥から紡がれるそれは何にも変えられない喜びの源だ。
そんなことを言ったら、実弥はますます顔をしかめてしまうのかもしれないけれど。