第23章 きみに、幸あれ
「寂しいのはわかるがよォ鏑丸、いつまでもこんなとこにいたら凍えちまうぞォ」
「この辺りはまだ冷えるものね···。無事で本当によかったわ」
「うちに来るかァ? 鏑丸」
ちょろちょろと細長い舌を出しては引っ込め、鏑丸は実弥の顔をじっと見ている。
「星乃、構わねぇか?」
「もちろんよ。そのほうがきっと伊黒さんも安心してくれるわ」
実弥と星乃のやりとりを眺め終えると、鏑丸は二人について行くことを決めたのか実弥の肩にとどまった。
赤い双眸に滲む涙はまだ渇きそうにないけれど。
そんな後ろ髪を引かれる思いの鏑丸が遠ざかるのを、墓石に添えられた飴細工の白蛇もまた名残惜しそうにいつまでも見続けていた。
風柱邸は産屋敷家へ返却することが決まった。本格的な春の訪れと共に、二人は星乃の生家へ移り住むことにしたのだ。
林道とキヨ乃は二人の婚姻と星乃の懐妊を大層憘び、「無事でよかった」「無惨を倒したお前や鬼殺隊を誇りに思う」「心から感謝する」「お前は自慢の息子だ」と、繰り返し実弥を抱きしめ涙を流した。
転居に向けての荷造りは、星乃の体調や実弥の怪我の具合を考慮し、焦らず慌てず、のんびりと事を進めた。時には後藤や塚本が手伝いにも来た。
塚本に対しては快く思っていなかった実弥だが、顔を合わせる頻度が増してゆくにつれ、次第に一言二言言葉を交わすようにもなっていた。
そして、すっかり春めいた季節の折。
最後の柱合会議に呼ばれ、実弥は産屋敷邸へと出向くことになった。
紅葉と爽籟、鏑丸を連れ、暖かな春の小径を星乃と歩く。腹の子は順調に育っており、星乃の腹部も幾らか膨らみが目立ちはじめていた。隊服を身に纏うのは、おそらくこれで最後になるのだろうと思う。
満開に咲き誇る桜の木の隧道 (すいどう)。さらさらと、薄紅の花弁がとめどなく舞い降りてくる。
隙間から覗く花曇りの空。
芽吹いた草花の若い香り。
鮮やかな色の生き物。
双眸に映るすべての景色が、輝いていた。
美しかった。
「実弥」
柱合会議を終え、産屋敷邸を去ろうとした実弥を呼び止めたのは、先代のお館様亡き後、齢八歳にして産屋敷家の当主となった【産屋敷輝利哉】である。