第23章 きみに、幸あれ
それからひとつきが経過する頃、医者から実弥に「邸宅へ戻ってもよい」との許可が下りた。
無惨が消滅した直後、一時炭治郎が鬼化したと星乃から聞かされたのは先日のこと。当時実弥は投与された薬により眠りに落ちていたため一部始終を知らずにいた。
炭治郎が陽光をも瞬時に克服したという事実には思わず言葉を失った。さぞかし現場は騒然としたに違いない。
そんな凶事とも言える事態に一人眠りこけていた後ろめたさと、加えて禰豆子が無事人間に戻ったという報せにも気が咎めるものがあり、いつしか実弥の心にもふつふつと罪悪感が芽生えはじめたのだった。
「お前は蝶屋敷でくつろいでりゃァいいんだぜぇ? 墓参りし終えたらまた迎えに戻ってくっからよォ」
「ありがとう。けど一緒に帰ったほうがお迎えの手間も省けるし」
「別に手間でもなんでもねぇがなァ」
「私ももう一度手を合わせに行きたいと思っていたのよ。それに、不死川のご家族にも改めて一緒にご報告しに行けたら嬉しいわ」
「···まァ、くれぐれも無理はすんなよォ」
蝶屋敷を後にし、実弥と星乃はその脚で墓地へ向かうことにした。
暦の上ではとうに春だが、山道にさしかかれば真冬の名残を感じさせる冷えた空気が肌を掠める。
段差があるから気をつけろ。この道は険しいから別から行く。など、さきほどから事あるごとに星乃に気を配る実弥。
実母が弟妹たちを身籠っている最中、無理がたたり腹を痛めて寝込んでいる姿を見たのは一度や二度ではない。男の自分が変わってやることはできないにしても、身近に六人身籠った母の記憶があるからこそ星乃の身を案じずにはいられないのである。
そんな実弥の心配をよそにけろりとしている星乃の顔色は良好だった。悪阻は日に日に落ち着いているようで、近頃は食欲も旺盛である。
二人で向かった先は産屋敷家所有の墓地。平地よりも少しだけ高い場所に佇むひときわ大きな墓石には、多くの供花が添えられていた。毎日のように鬼殺の関係者がここへ脚を運んでいるのだろう。
この墓石には、歴代の産屋敷家当主やその家族が眠っている。