第23章 きみに、幸あれ
「······頼む」
背を丸め、実弥は星乃の目線よりも低い位置まで頭を垂らした。
「お前と俺のガキを、産んでくれ」
星乃の胸の内を駆け巡る、これまでの日々。
実弥とはじめて出逢った日。
交わした言葉。
匡近と三人で、飛び回るように過ごした季節の折々。
絶望に脚を止め、哀しみの沼に沈んだ褪 (さ) めた時間。
もう一度前を向こうと、空を見上げながら息を深く吸った刹那も。
どんなときでも傍らにいた。
いつだって、実弥は背を押すように星乃を導き、憂いだ頬を優しく撫でゆく、あたたかな風だった。
「俺は、生きることを諦めねぇ。老いぼれるまで、お前たちのそばにいる」
込み上げてくる熱い想いが喉を塞いで、声の行き場を塞き止める。
微笑みを浮かべながら涙を流し、星乃は幾度となく首肯した。
「星乃、俺と、一緒になってくれるか」
星乃を捉えた美しい紫紺の双眸に、光輝く未来が見える。
「───…はい」
迷いはない。
「喜んで」
雪解けの季節を報せる風が、病室の窓を音もなく撫でた。
窓の外では、壁際の地に密やかに根付いた待雪草が、穏やかに優しく揺れていた。