第23章 きみに、幸あれ
以前に比べ、怪我の回復にはずいぶんと時間を要した。
一命は取り留めたものの、実弥の体力の消耗は著しかった。とはいえ常人ならばとうに手の施しようもないほどの致命傷である。
産屋敷家の主治医をはじめ、複数の医者が定期的に蝶屋敷の患者を診て回ったが、重傷を負った隊士たちの凄まじい回復力には皆揃って目を丸くしていた。
おそらくは愈史郎の適切な処置も回復の手助けとなったのだろう。
目覚めてから二週間が過ぎる頃には自力で起き上がれるようになり、食事も通常に戻してからはより快方へと向かっていった。
「···というわけなんだが、けっきょくお前はあの日どこにいやがったんだァ?」
寝台の上、歪な形に剥かれたりんごを目の前に、実弥は路地へ運んだ正体不明の亡骸の話を星乃に伝えた。
人物が星乃ではなかったという事実。
では一体誰だったのか。
実弥にはそれが気がかりだった。
星乃は、りんごの皮の乗った皿を花台の上に置き、心なしか改まるように姿勢を正し膝の上に手を置いた。
「···池田サキ。彼女を路地へと運んでくれたのは実弥だと、隠のかたからも聞いたわ···。ありがとう」
「お前の顔なじみだったのかァ?」
星乃は頷いた。
後輩の殉職の報せを受けたのは、無惨が滅んだ朝のうちのことだった。彼女の鴉の皇子が星乃のもとへと飛んできたのだ。その後隠に詳細を尋ね、路地に横たわっていた理由を知った。
蜻蛉玉の簪を手にしたサキの笑顔が記憶を巡る。
任務で一緒に行動することの多かったサキは、星乃を姉のように慕ってくれていた。
隊服は同じ形のものを。黒いタイツと、星乃が彼女の誕辰に贈った同じ型の靴を履いていた。
背格好もよく似ていたうえに、頭部を失った状態で、実弥もまた正確な身体の重みに違いを悟る余裕もなかった。
「だがよォ、衣嚢に持っていたそれは星乃のもんだろう?」
花台の隅に置かれた万年筆に視線を流すと、星乃はそれを手に取り悲しげにうつむいた。
「···彼女のお母様への贈り物を購入したあと、お手紙を書いて添えたいと言っていた彼女に万年筆を貸したの」