第23章 きみに、幸あれ
「···っありがとう、ございます、私はなんともありませんので、実弥を」
星乃の起立を支えるように手助けすると、「飛鳥井は不死川の傍にいてやれ」と言い天元は病室から出ていった。
「実弥、今、お医者様いらっしゃるから」
そう言いながら覗き込んだ星乃の顔が、実弥の眼前を再び埋める。
微笑んではいるものの、頬は涙で濡れていた。
( お前···無事だったのかよォ···? )
眼差しで語りかけ、実弥は左上肢を星乃へとそっと伸ばした。
頬に触れると、涙跡をなぞったそばからまた涙の粒が落ちてくる。
( あーあァ···ンなめそめそすんじゃねェって )
まばたきひとつに言葉を乗せる。
指先で、濡れた頬を何度も撫でる。
( 俺ァ、お前に泣かれんのはどうにも弱ぇんだって、前にも言ったはずだぜぇ··· )
伝えたい想いは山ほどあった。だがどれもこれも声にならない。
今はただ、双眸に映し出される互いの姿とぬくもりが、どうしようもなく愛おしくてしかたなかった。
意識不明の重体となってから、実弥は十日間眠り続けていた。悪くすれば目覚めないまま死に至る可能性もあると医者に宣告されていた。
それでも星乃は極力気丈に振る舞った。実弥は必ず戻ってくる。そう信じ、毎日のように蝶屋敷へと足を運んだ。朝から晩まで、片時も離れず実弥の傍らに付き添って世話をした。
今日は少し雪が積もったから小さな雪だるまを作ったのとか、昨日はすごく大きな大根をいただいたから煮付けてみたけど失敗しちゃったとか、そんな他愛もない話を眠る実弥に語りかけて日々を過ごした。
実弥が再び目を覚ましたのは睦月の中頃。
寝台のそばには、蝋梅がほのかに香っていた。