第23章 きみに、幸あれ
実弥は納得のいかない表情を顔に浮かべた。
来れないと言われても、戻ったところで何をしたらいいのかわからない。家族も、玄弥も、星乃もいない。どのみち残された寿命は数年だろう。
俺は黒死牟との戦いで痣を発現させたのだから。
すると、匡近の口から予期せぬ言葉が放たれた。
「星乃はこっちには来てないよ」
実弥は呆けた。
「···どういうことだァそりゃあ? まさか、あいつに限って地獄に行っちまったっつうわけでもねぇだろ? あんな虫も殺さねぇような女が······野郎共をしょっちゅうどやしつけてた俺ならともかくよォ」
「ぶはは、なんだ、自覚あったのか」
「あァ?」
「思い出すなあ、怪我の手当てしろって言ってもまったく耳を貸さない実弥とボコボコになるまで殴 (や) り合ったときのこと」
「テメェは何を呑気なことを······」
こいつは死んでもこんな調子なのかと、ついつい実弥も気が抜ける。
匡近はどこまでも匡近で、だからこそ実弥はここへ来ても実弥でいられた。独りだったら、眼前の川を渡ってゆく気力さえ湧かないところだ。
「実弥には、星乃との未来がある」
──は?
実弥は怪訝な顔で匡近を眺めた。匡近の言う意味が、まったく理解できなかった。
未来? 星乃との?
「だから、言っただろォが匡近······俺は、星乃を守りきれなかったんだ。あいつはもう」
「なあ、それって、本当に星乃だったのか?」
「あ?」
「星乃の顔 (おもて) を、しっかりと確認したのか?」
そう言われ、再び実弥の記憶によみがえったのは、あまりにむごたらしい姿だった。
亡骸は、
首から上が無かった。
しばし辺りを探してみたが見つからず、絹布を被せて路地に運んだ。だが、隊服の形も履き物も、星乃のものと一致した。
なにより、亡骸の胸もとの衣嚢に見つけたものがある。
「···これはァ、俺があいつに、星乃にくれてやったもんだ。······星乃の誕辰に」
実弥は、亡骸から抜き取ったそれを隊服の衣嚢から取り出した。