第23章 きみに、幸あれ
ぽつぽつと言葉を紡ぐ自分の声が、より低く、掠れて聞こえた。しかしながら不思議なもので、実弥の小声も離れた場所にいるはずの匡近にはしかと届いているようだった。
「顔を上げろ実弥。らしくないぞ?」
うつむく実弥に、匡近がはっぱをかけるように言う。
実弥はほのかな苦笑を落とし、ああ、らしくねェなァと内心で呟いた。
だがよォ匡近。玄弥も、死んじまったんだ。守ろうと決めたもの、みんなこの手からすり抜けて行っちまったんだ。
俺は、何一つ、守り抜くことができなかったんだ。
儚げな白い蝶が黄の花に止まり揺れる。
不死川さんの嘘つきと言った蜜璃の言葉を思い出し、その通りだと図星をつかれた。本望だろうだなんて、己で己にそう説き伏せただけの戯言に過ぎない。
「···やっぱり、実弥は優しい奴だなあ」
向こう岸から柔い声が返った。
匡近があまりにぬるいことを口にするものだから、実弥は若干呆れた面持ちで顔を上げ、兄弟子へと視線を向けた。
「匡近···テメェは何を聞いてやがった···。それに、何べんも言ってんだろォ。俺は優しくなんか」
言い切る前に、ふと疑問を抱いて言葉が切れる。
匡近は相も変わらずにこにこと張り合いのない笑顔を浮かべている。
「···匡近······星乃は一緒じゃァねぇのか?」
どこを向いても、匡近の姿しか見えないことに気づいたのだ。
ここへ来れば、星乃にもすぐに会えると思っていた。匡近の隣には、星乃がいてくれるだろうとばかり思っていた。
それとも、自分にはまだその姿が見えないだけで、この、目の前にある小川を渡り、匡近のいるほうへと向かってゆけば、会えるのだろうか。
さらに奥へと進んでゆけば、そこに星乃はいるのだろうか。
会えたら、一言、「馬鹿野郎が」と言ってやらなきゃ気が済まねぇ。その前に、思い切り抱きしめてやらなきゃ気が済まねぇ。
「言っておくけど、実弥はこっちには来れないよ」
そんな思いを見透かすように、匡近はさらりと言ってのけた。
「あァ? 何でだよ。俺はもう」
「実弥はまだ、自分の人生をまっとうしていないだろう?」
「もう十分だろォ? 鬼どもを殲滅するっつう、俺の思いは遂げられたんだからよォ」