第23章 きみに、幸あれ
まぶたを開くと、実弥は花畑に埋もれていた。
髪をくすぐる柔い風に、心が凪ぐ。
周囲に咲き乱れる花々がこれまでに嗅いだことのない不思議な香りを漂わせていて、それが大層心地がいい。
深い呼吸を繰り返し、飽きることなくここに寝転んでいられそうな思いでいると、近くで小川のせせらぎの音がしていることに気づいた。
眼前を優雅に行き交う鮮やかな色の蝶。すべてを包み込むように広がる空は青く澄んでいて美しい。
ここには、褪せていたはずの色がある。
( ······あの世ってやつかァ······? )
ぼんやりと思う。
ああ、死んだのだ、と。
そこに、チャポン、と水の音が滑り込んだ。川に小石でも投げ込まれたような、そんな音だった。
のろりと上体を起こし上げ、双眸を細める。
遥か彼方まで続く色とりどりの花畑。清らかな小川。
見やった先には、匡近の姿があった。
「久しいな、実弥」
小川を隔てた向こう岸から、同じ目線の高さで匡近が笑いかけてくる。
下肢は花に埋もれているため拝むことはできないが、匡近も自分と同じようにあぐらを組んでいるのだろう姿勢が想像できた。
実弥はしばし面食らった表情で匡近を見た。
二人の間を緩やかに流れる小川には、時折陽光を弾くような閃光が揺蕩う。太陽とおぼしきものは見当たらず、どこからやってくる光なのかは不明だ。
三途の川も想像していたよりいささか小さく、しかし匡近がいるのだからやはりここはあの世で間違いないのだろう。
「ははっ、どうしたんだ実弥そんな顔して。兄弟子との感動の再会だぞ。もっと喜んでくれてもいいんじゃないか?」
いたずらな笑みを見せる兄弟子に、実弥は笑い返すことができなかった。
匡近を前にしてよみがえる。星乃の死を目の当たりにした瞬間が。
匡近の、『星乃を頼む』という約束を、自分は果たすことができなかったのだ。
「······悪ィ、匡近」
「うん?」
「お前との約束を、俺はァ、駄目にしちまった···。あいつを······星乃を、守りきれなかった」