第22章 七転び、風折れ
「わかった。じゃあ俺はお袋といくよ」
実弥は告げる。
「俺があんまり早くそっちにいったら玄弥も悲しむだろうし」
そうだ。きっと、匡近や星乃も悲しむだろう。お節介でお人好しな、心底馬鹿野郎な兄弟子と姉弟子だから。
「お袋背負って地獄を歩くよ」
実弥はにこりと笑顔を見せた。
子供の頃のような、屈託のない笑みを。
生前、一人で頑張ってきた母に、もっと、親孝行をしてやりたかった。あのまま皆で変わらぬ日々を過ごしていたら、今頃少しは母を楽させてやれていたかもしれない。
それはどう抗っても叶わないから、母の罪は俺が半分背負っていこう。
地獄でもどこへでも共に行こう。
すべてを失い後悔したのは、鬼となった母から皆を守れなかったことだけではない。
母が夜遅くまで働いていたのは俺たちのためだった。働き詰めでなかったら、もしか違っていたかもしれない。俺がもっと早く母を迎えに行けていれば、鬼に遭遇することなどなかったかもしれない。母を守れていたかもしれない。
すべての罪を母一人に背負わせるのは酷(こく)すぎる。
そうして罪を償えたなら、一緒に玄弥たちに会いにいこう。
お袋に、向こうで会わせたい奴もいるんだ。そいつもお袋に会ってみたいと言っていたから嬉しがるに違いねぇ。
愛らしいやつなんだ。
あったけぇやつなんだ。
一緒にいると、俺まであったけぇ気持ちになれんだ。
お袋も、きっと気に入る。
実弥は志津と共に地獄を歩いてゆこうと決めた。迷いはなかった。恐怖もなかった。
すべては終わったのだ。なにより、絶望や苦痛のない場所で、この自分を待っていてくれる皆がいることを知っている。
穏やかな心持ちで母を見る。
志津はまだうつむいたまま実弥を見上げてはくれなくて、微かに肩を震わせている。
そんな母の肩に手を掛けようとした矢先、志津からの返事を待たず、突如状況は一変した。
ガシッ。どこからともなく伸びてきた手は、実弥のものよりも一回りほどでかかった。
骨太の腕。ごつい指。
知っている。覚えている。この凶器のような手に何度も何度も殴られてきた。
何よりも忌まわしい手が、実弥と志津を強引に引き離した。