第4章 旅は道連れ
背後から聞こえた高い声に振り返る。
大柄の椿があしらわれたえんじ色の銘仙着物。藍色の長羽織を纏った美しい女性がこちらに向かって駆けてくる姿を目にした途端、頭上から「おかあさま」との涙声がした。
身体を屈めた実弥を手助けし、星乃が一真を抱きかかえて地面におろす。到着した女性が一真の小さな身体を力いっぱい抱きしめた。
「ああ、一真、よかった、本当によかったわ。お母様があなたの手を離したせいね。ごめんなさい、ごめんなさい」
「ちがうんだ、ぼくがとんぼをおいかけたから、だから」
「いいの、いいのよ。あなたが無事で、お母様ほっとしたわ」
ごめんなさい、と泣きじゃくる一真をなだめる母の双眸にも、安堵の涙が浮いていた。
一真の姿がないと気がついたのは、ほんの四半刻前のことだったという。
たった今派出所へ駆け込んできたばかりだそうで、無事見つかったことを報告に行くと言い、一真の母は何度も頭を下げながら来た道を戻っていった。
母がこちらに振り返るたび、一真も傍らで小さな手を懸命に振り続けていた。
「すぐに見つかってよかった。実弥のおかげね。ありがとう」
「···俺は、なんもしてねぇよ」
実弥がフイと横を向く。
面と向かってお礼を言われると顔を背けるのは実弥の癖だ。おそらく面映ゆいのだろう。
「······お前はもう平気なのかよ」
実弥はそっぽを向いたまま。
星乃はうつむき加減で「···ん」と答える。
気がかりなのは、実弥のほうだ。
どれだけ気丈に振る舞おうとも、過去の傷がまっさらに癒えることは生涯ない。
鬼は皆殺しの信念は、実弥の相当な覚悟の上に成り立っているのだと改めて思い知らされる。
実弥の鍛練を目にした者は、必ずその気迫に圧倒されるのだという。
来る日も来る日も自分の身体を叩き上げ、実弥は心にある火種を怒気で燃やしているのだ。それは、時に見ている星乃がつらくなるほどのものだった。
実弥はもっと、自分自身を労ってあげてもいいんだよ。
そんな想いさえ、今は口に出すことも躊躇う。