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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第22章 七転び、風折れ



 あとは陽光が射すのを待つのみ。微かな希望が見えてきた矢先、無惨の顔にピシリと亀裂が入ったことに気づく。

 裂けた顔面は巨大で不気味な口穴となり、数えきれぬほどの牙が炭治郎の頭部を噛み砕こうとしていた。

 腕をとどめている実弥に炭治郎を救出する余裕はない。憤懣をも超越した激情が実弥の脳天を貫いたとき、見知った縞模様の羽織が視界の端でヒラリと靡いた。

 グシャリ···!

 この世のものとは思えぬ残酷な音がした。小芭内が、自らの頭部を盾に口穴に噛みつかれた音だった。




 炭治郎は、声にならない声で小芭内の名前を叫び続けた。本来ならこの自分が食らっていたはずの口穴の中に小芭内がいる。

 戦いの最中、小芭内にはどれだけ助けられてきただろう。夜明けまでのわずかな時間、誰より踏ん張らねばならぬはずの状況で、自分はまたこうして仲間に命を救われている。

 小芭内に息はあるのか、無事なのか。動揺を隠しきれぬ間 (ま) に、神々しい朝焼けが世界をおもむろに染め上げてゆく。

 この瞬間を、どれだけ待ち望んでいたことだろう。

 太陽が山間の隙間から悠然とその姿を見せはじめ、稜線と空の境目を際立たせてゆく奇跡のような光が視界の端に滑り込む。



「夜明けだ!!」



 実弥が叫んだ。



「このまま踏ん張れェェェ!!」



 朝日が無惨の白髪を透過させようとした寸前、空砲のような凄まじい衝撃が再び実弥たちに襲いかかった。

 吹き飛ばされてゆく柱たち。

 信じられない。無惨にはまだこんな力が残っているのか。

 炭治郎は一人で無惨に喰らいついていた。

 皆は衝撃波で飛ばされた。左腕も血しぶきを上げ吹き飛んだ。それでも無惨を縫い止めている己の手だけは絶対に離すまいと耐え粘る。

 炭治郎は残った右手にありったけの力を加えた。

 祈るような想いで刃が赫くなることを願う。

 煉獄さん。杏寿郎の鍔に想いを寄せれば、『心を燃やせ』が胸の内に何度も響いた。

 背後から義勇の手が差し伸べられる。

 炭治郎の右手と義勇の左手。互いの熱が刃に伝播し、赫刀を作り出す。

 とうとう無惨は吐血した。一方で信じがたい光景はまだ続く。

 陽光が肉体を焦がしはじめると、無惨はありたけの咆哮を見せ、巨大な肉の塊に変化したのだ。




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