第22章 七転び、風折れ
蜜璃の泣き声に背を向けたまま、実弥は表通りへと出た。
星乃の亡骸を前にしても、涙は不思議と出てこなかった。
(は······玄弥で流し尽くしちまったか)
自嘲気味に心中で吐き捨ててみるものの、母を殺めたあの日も泣けなかったことを思い出す。
母の亡骸を抱いて泣き叫ぶ玄弥の声をぼんやりと耳にしながら、ただ、この世のすべてが擦り切れて色褪せてゆく様 (さま) に沈んだ。
見上げた空は、灰色だった。
今、双眸に映る景色はあの頃と同じだ。
だが脚を止めることは許されない。
向かう先から、連続して轟音が聞こえる。
仲間の誰かが戦っているのだ。
一人、二人······三人······四人。
次第に気配が増えてゆく。
誰もが皆、同じ気持ちだ。
転んでも転んでも、命ある限りその脚で立ち上がる。
何度でも、何度でも。
鬼舞辻無惨を屠るまでは、と。
鞘から日輪刀を抜く。
背後から来た蜜璃が跳躍して追い抜いていったのを見た。近づくにつれ、無惨と仲間たちの激しいぶつかり合いがびしびしと肌を刺す。
爆撃を受けたときのような白煙の中へまぎれると、建物の壁に縫い止められている無惨の姿が確認できた。
奴の身体の中心部を刃で突き刺しとどめているのは、竈門炭治郎だった。
掌にあらんかぎりの力を込めて、実弥は思う。
(これで本当に、心に気にかけるもんは綺麗さっぱり消え失せた)
玄弥は死んだ。
星乃も死んだ。
もう、思い残すことはなんもねェ。
鬼舞辻無惨。
今から俺は、
刺し違えてでもお前を殺す···!!
ギリリと憎しみごと歯を食い縛る。
蜜璃が無惨に接近し、刃も無しに力技で無惨の片腕を千切り落とした。しかしすぐに蜜璃にも攻撃の牙が襲いかかった。
"風の呼吸 捌の型"
『 初 烈 風 斬 り 』
───ドン!!
もう一方の毒牙が炭治郎に振り上げられたのを直前で食い止める。
実弥はすかさず刃で上腕部分を壁に突き刺し、より身動きできぬよう奴をとどめた。
どうやら弱体化している無惨の触手は、再生もできなければ攻撃を放つことさえ不可能なようだった。