第22章 七転び、風折れ
路地の狭間の上空に、一等輝く星が覗いた。
長いまつげをおもむろに二度またたかせ、蜜璃は仰臥 (ぎょうが) した姿勢から起き上がろうと上半身に力を込めた。
甘露寺様···!
女の隠が慌てて支えにやってくる。
どうかご無理はなさらずと気遣う隠に、蜜璃はありがとうと力なく微笑んだ。
深手を負いこの路地に運ばれ手当てを受けたが、毒により侵された蜜璃の身体は刻一刻と蝕まれつつあった。
そこへ、血清のような薬が届けられたのはさきほどのこと。
やってきたのは、可愛い三毛猫だった。
蜜璃は大の猫好きで、生家でも猫を四匹飼っている。
次、あの子たちに会いに行けるのはいつかなあ···と、薬を取り入れている間そんなことを考えていた。
傍らに寄り添っていた三毛猫が目尻の涙をぺろりと舐めた。
身体の痛みや脈拍の狂いはまたたく間に回復した。
負傷した自分をここまで運んできてくれた小芭内。彼のことが心配でたまらない。みんなのことが心配でたまらない。
大勢の仲間が自分を庇って殉職した。止められなかった。守れなかった。無力だった。
もう誰にも死んでほしくない。何一つ役に立てていないのに、このままじゃ、私は死んでも死にきれない。
ぐっと力を振り絞る。再び上体を起こした蜜璃に隠が顔面を蒼白させた。
「甘露寺様お待ちください···! そのお怪我では···っ」
「ううん、大丈夫よ。ありがとう。でもごめんね。私、行かなくちゃ」
「しかし···っ」
隠の手を取り頷く蜜璃。
絶対にみんなを守るから。そう言って微笑む蜜璃を見たら、隠の双眸から涙があふれた。唇をきつく結んで傷だらけの手を握り返すことしかできない自分を、隠は心底不甲斐なく思う。この手を離してはいけないと思うのに、最前線へ向かおうとする蜜璃の意志に背くこともできないでいる。
とうとう隠の手から蜜璃のぬくもりがほどかれた。
「不死川さん···っ!?」
陽炎のような気配を感じ横合いに首を巡らすと、こちらに近づいてくる男の姿に蜜璃は双眸を丸くした。
彼も怪我を負ったのだろうか。勢いのまま立ち上がる。次の瞬間、蜜璃の臓腑にひやりとしたものが流れ落ち、脚が止まった。