第22章 七転び、風折れ
触手を鞭のように振り回し、無惨はそれらを巧みに弾く。それも想定内である。
弾かれた瓶の幾つかが割れ、無惨の顔面や肉体を濡らしたのを見計らい、実弥は燐寸 (マッチ) を取り出し着火させると無惨へ向けて投げ入れた。
ゴウッ、と、醜悪な姿が炎の波に包まれる。
「小賢しい真似を!!」
「テメェにはこれくらいが似合いだぜぇ」
眉を吊り上げ狂気をあらわにする無惨を見据え、実弥はありたけの殺意を込めて声を荒げた。
「ブチ殺してやる、この塵屑野郎」
その頃、【愈史郎】という男は炭治郎の蘇生に尽力していた。
無惨の呪縛から逃れることのできた鬼は禰豆子以外にも存在する。
鬼でありながらも医者として生きながらえてきた【珠世】がその手で唯一鬼にできた人間が愈史郎。鬼であるため見た目は十五、六の少年だ。
愈史郎は少量の血で事足りるため人間を喰らうことはない。
珠世とともに無惨の打ち止めを志し、この最終決戦に向け、しのぶを加えた三人で無惨の細胞を弱体化させる薬の開発に手を尽くしてきた。
心を寄せた珠世は完成させた毒を手に無惨に切り込み殺された。協力者の胡蝶しのぶも死亡した。
二人の死を無駄にしないため、残された自分が負傷した隊士らの回復に努めることが責務だと心に決める。
炭治郎は呼吸をしておらず、脈拍も戻らなかった。傷口から注入された猛毒が巡り、顔面の右半分が肉腫のような塊に侵され腫れ上がっている。
無惨の攻撃は寸刻ごとに速度をあげ、柱たちも皆炭治郎同様猛毒に侵食されていた。
「すみません、あなたが愈史郎さんですか!?」
隠の一人がこちらに向かって駆けてきた。聞けば、女の柱が大きく負傷したらしい。無限城で一度接触した女だった。
しかしこちらも手が離せない。愈史郎は、猫の茶々丸に毒を抑制する血鬼止めの薬を巻き付けた。
「茶々丸、頼んだぞ」
血鬼止めが柱たちのもとへ届けば、彼らの身体も格段に回復するはずだ。
茶々丸を危険な場所へ向かわせることに心苦しさはあるものの、この猫も鬼である。無惨の攻撃で死ぬことはないだろう。
蜜璃にも血鬼止めを届けるよう茶々丸に言い付け、愈史郎は再び炭治郎の腕に注射針を打ち込んだ。