第21章 消息の途切れ
玄弥の傍らに実弥を寝かせる。
縦中央から半身を失った玄弥は血にまみれ、通常ならばとうに息絶えても不思議のない状態だが生きていた。まだかろうじて意識はある。黒死牟の一部を取り込んだためだろう。
「兄···貴······生きて···る······良かっ···た···」
実弥の呼吸を確認し、掠れた声で、心底安堵したように玄弥は呟く。
稀血である実弥を隣に置いても問題はないだろうと判断し、行冥は無一郎のもとへ向かった。
玄弥の意識は刻々と霞みつつあった。ああ、死ぬのだ、と思う。とうとう兄の笑顔を拝めぬまま最期のときを迎えてしまった。
心残りがないわけではない。しかし兄は生きている。十分だ。それだけで玄弥の心は穏やかさで満ちた。
意識の保てるうちに兄の姿を焼き付ける。双眸を閉ざした実弥の顔は記憶に残る兄の寝顔と一致した。
父はほとんど家に居ず、いつ眠っていたかもわからぬ母が共に床に就くことはなく、寂しがる小さな弟妹たちを毎日日替わりで抱いて眠っていた兄。
幼い頃は兄の腕の中で眠るのが好きだった。父親の帰りに怯えていても、兄に包まれれば不思議と安心して意識を手離すことができた。
大抵は俺のほうが先に夢へと沈んだが、時折早いうちに頭上から寝息が聞こえくることがあり、そんなときはこっそり上目遣いで眠くなるまで兄の寝顔を眺め続けた。暖かくて、幸せな時間だった。
( ···ああ )
───兄を。
兄ちゃんを、包んでやれたらなあ···と、そう思う。
いつも、包んでもらうばかりで。
いつも、守ってもらうばかりで。
身体がこんな状態でなければ、最期に兄ちゃんを抱きしめてやれたのに。昔、兄ちゃんが俺たちにしてくれていたように。
何をしても兄ちゃんには敵わなかったけど、俺、上背だけは追い越せたよ。
兄ちゃんを抱きしめてやれるくらいには、デカくなったよ。
けれど、今の俺じゃ、なんにもできねぇなぁ···。
己の不甲斐なさに。心細さに。涙があふれる。
本当は、もっと一緒にいたかった。
ずっと、一緒にいたかった。
実弥の姿が視界から消えてゆく。
玄弥の口から、「ごめん···」の一言が零れ落ちた。