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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第21章 消息の途切れ



 誰もがお前の剣技を崇め、感嘆の吐息を洩らす。

 神はなぜ縁壱を選んだのか。

 なぜこの私ではなかったのか。

 一人でなければ許されなかったのか。

 わざわざ忌み嫌われる双子を作り、片方のみに才を与えるなど、──神は。


 なぜだ、と再び宙に問う。


 選ばれたかった。


 縁壱のような、特別を欲した。


 ただ、縁壱のように。












 いつしか、


 ───縁壱になりたいと願っていた。








 はらはらと、黒死牟の身体が塵になる。

 消し炭となる最期まで、鮮明に思い出せるのは忌まわしい記憶でしかない弟の顔。

 父でも母でも、妻や子供でもなく、己の片割れである、縁壱の。

 赤い月の夜、寿命が尽き直立したまま息絶えた縁壱の老骨を、烈火のごとく怒りに任せて切り刻んだ。

 憎しみを込め、何度も何度も刃で身体をバラバラにした。

 ふと、肉片とは異なる感触が刀身に当たったことに気づいた。小振りの巾着袋の中から現れたそれは、幼き頃、自分がこの手で作って渡してやった笛だった。

 まともな音も鳴らぬがらくたのような笛。齢八十を過ぎた老体になり果てても、縁壱は肌身離さずそれを懐に忍ばせていたのだ。

 切り刻んだ弟の亡骸を前にして、気づけば異形の双眸から涙が溢れ出していた。全身を掻きむしられるような心地になる一方で、心髄はひどく熱を帯びていた。

 もうやめろ。私はお前が嫌いだ。

 憎らしくて仕方がないのだ。

 お前といると己が惨めで仕方がないのだ。

 だというのに。


 縁壱が、縁壱の顔だけが、なぜか唯一無二の太陽のように鮮明だ。






 はらり、はらり。

 肉体は跡形もなく消え去ってゆく。

 袴の中には、二つに割れた小さな笛だけが取り残されていた。
















 実弥は黒死牟が消滅しても攻撃の勢いを緩めなかった。

 行冥は奇妙に思い実弥を強引に押さえ込む。すると、実弥は行冥の腕のなかでガクリと脱力し頭を垂らした。意識がなかった。

 失神してもなお動き続けていた実弥。この男の鬼への憎悪は行冥も理解していたつもりだったが、まさに常軌を逸した執念がそうさせたのだろうと驚き入るばかりであった。


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