第21章 消息の途切れ
【継国厳勝】
それが人間の頃の名だった。
かつては鬼狩りをしていた。
月の呼吸を使ったが、それも縁壱の扱う日の呼吸の派生にすぎないものだと知った。
天より賜れし才能。
並外れた身体能力。
七つになるまで口をきかず、耳が聴こえないとばかり思っていた弟は、神童だった。
在りし日は、優れているのはこの自分のほうだとばかり思っていた。弟は弱く、守るべき対象だった。
助けてほしいと思ったら吹け。すぐに兄さんが助けにくる。だから何も心配いらないと、私は縁壱に得意げに手作りの笛を渡した。
長いこと憐れんできた弟が、実際はこの自分よりも遥かに優れた存在だったとわかったときの焦燥は、己に掲げてきたものがぐにゃりと溶け歪んでゆく感覚を心髄にもたらした。
母の死をきっかけに、縁壱は父に断りもなく家を出た。七つの頃のことだった。その後父は縁壱を探しに向かったが見つからず、行方知れずのまま時は過ぎ、どこかで命を落としたのだとばかり思っていた。
しかし、十年余りの歳月が流れ、突如自分たちは邂逅することになる。
縁壱を見た瞬間、それまでの己の平穏が破壊され、再び妬みと憎しみに臓腑を焼かれた。
縁壱は強く、加えて非の打ち所のない人格者となっていた。控えめで、誰より優れた剣技の才を己のものとしておきながら、傲ることは決してない。
縁壱が嫌いだった。気味が悪かった。縁壱がいるおかげでこの己の存在がどれほど惨めなものだったかを、縁壱は知りもしないだろう。
すべての時間を鍛練にのみ費やした。だというのに縁壱には追い付けず、また、はじまりの呼吸の世代である自分たちは特別だと慢心している。私は人格者とも程遠い人間だ。
血を分けた兄弟であるというのに、なぜこうも違うのか。
他人ならば、この様な醜い感情を抱かずに済んだのだろうか。
双子でなければ。血の繋がりなど皆無であれば。こんな惨めな思いに駆られることもなかっただろうか。
黒死牟は、まるで天にでも乞うように、伸ばした指先をゆらゆらと彷徨わせた。
ああ、自分はいったい、何のために。
すべてを捨て、人を喰らい、このような姿になってまで、私は本当に生きながらえたかったのか。
強くなりたかった。
だがお前は、守られる存在ではなかった。