第20章 ふりふられ
「しかしいつだったかなァ、どっかのどいつに極悪人ヅラだとか言われちまったのは」
「はっ」
「思い出したみてェなツラすんじゃねェェ」
「···もしかして悩ませちゃった?」
「ハッ、あるわけねぇだろ、んなタマかよ」
くしゃりと星乃の髪を撫で、実弥はまた顔を背ける。
「実弥は素敵よ? 前にも言ったでしょう? 実弥の目、綺麗で好きだなあって」
「···あァ、そうだったかなァ」
「ねえ実弥? こっち向いて?」
「オイ···見んじゃねえ」
「もっとよく見せて?」
「今さらだろォ、んなまじまじ見んじゃねェって」
「お鼻もお口も髪の毛も、実弥を形作るもの全部が愛しいわ」
「だから、おめぇはそれ以上こっぱずかしいことを口にすんなァ」
実弥は思わず掌で頭を抱えるような仕草を見せた。耳殻が熱を含んでいるのがわかる。曇りなき眼でそう言われると面映ゆくてしかたがないうえ、どう反応したらいいのか困ってしまう。
( ひとの気も知らねぇでよォ··· )
星乃があまりにふわふわしたことを口にするものだから、つい先刻まで纏いついていた苛立ちもいつしかすっかり削がれていた。
「あ、そうだわ実弥」
ふと、星乃が真顔になる。
「あのね···折を見て言おうと思っていたのだけれど」
「なんだ」
「悲鳴嶼さんと稽古をするようになってから、ここしばらくは実弥も忙しくしていたでしょう?」
「まあ、そうだなァ」
「だから言いそびれちゃったものあって」
「···なんだよ」
一呼吸の沈黙。まぶたを伏せて、星乃は言った。
「 "あのあと" 、月のものがきたの」
はたと、実弥も黙する。
月のものって、···ああ。
「···そうか」
「ええ」
再び静けさが二人を包んだ。
あの夜、星乃の膣内 (なか) で果てた。
矛盾を許し、葛藤を抱きすくめ、不確かな明日の闇より確かな今の光に触れた。
「まあ、そういうもんは恵みもんだろうからなァ」
「あえて伝えなくても···とも思ったんだけど、もしも実弥が気にしていたなら申し訳ないなって」
「言っておくが、及び腰になんざなっちゃいねぇからなァ」
ふふ、と柔らかく微笑む星乃の頭に、実弥は掌を弾ませた。