第20章 ふりふられ
さきほど義勇がまつげを取ってくれた辺りだった。左右に何度も往復する白い羽織の内側で、星乃は顔をくしゃくしゃにした。
摩擦が止むと、「···ったく」 実弥はため息混じりの声を落とした。
「冨岡なんざに触れられやがって···お前もぽけぇとしてんじゃねェよ」
「ぽ、ぽけ···」
「ずいぶんと熱心に眺めてたじゃねぇかァ···冨岡のツラをよぉ」
藪から棒な実弥の言葉に思わずきょとんとしてしまう。視界は実弥の腕に塞がれたまま、星乃は目隠しされた状態で正面の実弥を見上げていた。
鼻先に漂うほのかな香気がくすぐったい。同じ石鹸を使って生活をしているせいか、今では実弥の装いからもほんのりと香る蝋梅に、ついつい頬が緩んでしまう。
「···ふふ」
聞き慣れた柔らかな笑い声が実弥の耳に触れた。かと思えば続けざまにくすくすと肩を揺らす星乃を見つめ、実弥は腕を下ろして訝しげに片眉をひそめた。
「なにを笑ってやがる」
「だって···。ふふ、冨岡さんて女のひとみたいに綺麗なお顔しているのねと思って、つい見入っちゃっただけよ」
「あァそうかぃ。悪かったなァ汚ぇツラでよォ」
今度は小さく鼻を鳴らしてぷいとそっぽを向く実弥。
それにしても何を言っているのだと、実弥は口にした傍から己の馬鹿げた発言を内心で言い消した。案の定、星乃は弾けたようにきゃらきゃらと笑いはじめた。
「実弥ったらどうしたの? 私は実弥のお顔大好きよ?」
正面に顔を戻し、怪訝を深め、満面に笑みをたたえる星乃を見下ろす。何を抜かしてやがんだこいつは、と思う。確かに、人間眉目秀麗に越したことはないのだろう。そうは言っても概して見目形には関心が薄い。
さきほどはらしくもないことを口走ってしまったが、己の器量に気苦労を感じたことは一度もないし、そもそも鏡とやらをほぼ見ない。
隠や下の隊士らがこの顔に怯えていることは知っている。幼子には泣かれることも珍しくなく、好かれるような見かけではないことくらいは百も承知だ。
治安の思わしくない場所を転々としていたこともあり、下手にナメられないよう顰めっ面で過ごすうちにこの雰囲気が馴染んでしまった故のこと。さして困ることもない。おだては不要だ。