第4章 旅は道連れ
女子供にも見境なく拳を振るい上げていたあの男のことだ。外でも他人に恨みを買っていたのだろう。
悲しみという感情は湧かなかった。あんな男は死んでくれて清々したとさえ実弥は思った。
反対に、母は小柄で、優しく温かな人だった。家族のために、いつ眠りについていたのかも知らぬほど働いていた。
苦労をかけていたと思う。
母の身体が心配だった。ろくに眠らず、食べるものも家族が残したもので十分だと笑う。いつか、母の好物を腹一杯食わせてやりたいと思うようになった。
仕事を見つけて金を稼ごう。少しでも家計の足しになってくれれば母も働き詰めから解放される。
寿美、貞子、弘、こと、就也。
幼い弟妹たちには学舎へ通わせてやりたい。好きな道へ進ませてやりたい。
寿美は物覚えが良いから勉強も得意だろう。貞子が描く絵は誰より上手いし、弘やことは手先が器用だ。就也だって、これから何にだってなれる可能性を秘めている。
実父はろくでもなかったが、父親という存在がいないとなると不安に思うこともあるかもしれない。だったら自分が父親代わりになればいい。
迷いや心細さはない。俺には玄弥がいてくれる。
家族は二人で守るんだ。
そう決意したばかりの、とある夜──。
母の帰りを待つ家の扉を、
鬼と化した母が叩いた───。
「······っ、」
実弥の言葉がしばし途切れる。
星乃はいつしか震える唇に手を添えていた。
それから、どうしたの。などと聞かなくても大方予想がついてしまう。
嫌だ。
口にするのが恐ろしい。
実弥にもこれ以上を言葉にしてほしくない。もう、なにも語らなくていい。
思うのに、喉が詰まる。声が出ない。
「······した」
喧騒が、遠く、遠くなってゆく。
「───…お袋を殺めたのは、俺だ」
刹那、世の音が途絶えた。