第4章 旅は道連れ
「···ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ」
実弥が家族の話をするのは珍しいことだ。もしかしたら、今なら、聞けるかもしれない。これまでなかなか踏み込めずにいたことを。
しばし間を置き、星乃は再びおもむろに口を開いた。
「···実弥の、ご両親のこと」
喧騒の中、流れたのは沈黙。
実弥が口を噤んでしまったのがわかった。
「あの···話したくなければ、大丈夫だから」
掌を胸もとに翳し、なるべく明るい声音に切り替えて言い足す。
自分の聞き方が深刻すぎたせいで、空気が重たくなってしまったと感じた。同時に、やはりまだ実弥にとっては触れられたくないことなのだと確信した。
星乃は訊ねたことを悔いた。
決して興味本意ではない。とはいえ自分が話を振ったことで無理に過去を掘り起こさせてしまったのではないか。そう思うととたんに気が進まなくなってくる。
実弥が自ら話したいと思うまで待つべきだったのに、なにを焦っていたのだろう。
せっかく久方ぶりに実弥と生家へ帰れるのだ。この道のりが、実弥にとって心休まるものであってほしい。
この話は終わりにしよう。そう思ったとき。
いや、と、実弥の静かな声がした。
「親父は、もともとろくでもない奴でなァ」
傍らを歩く実弥を見上げる。
実弥は、昔を振り返るような双眸で、しかし真っ直ぐに前を見据えながら、抑揚なくぽつぽつと語りはじめた。
肩の上では、一真が宙を往き来するトンボに手を伸ばしはしゃいでいる声がする。
ただ、黙って耳を傾けた。
ひとつひとつ紡がれてゆく、実弥の過去に。
五臓六腑をひどく揺さぶられるような衝撃とは、このようなものなのだろう。
実弥の過去は、まさに筆舌に尽くしがたいものだったのだ──。
家族に暴力を振るう凶暴な父親のいる家で、実弥は七人兄弟の長男として生まれ育った。
図体の大きな父親が振り上げる手足はもはや凶器で、母が身を呈して実弥や弟妹たちを守らなければ殺されていたかもしれないほどだった。
ところがある日、どこの誰かも知らぬ人間に刺された父は呆気なく息絶えた。