第20章 ふりふられ
そもそも、星乃は訳もなく義勇の美麗な顔立ちに感心していただけである。実弥が憤慨している事柄に対してさほど気には止めておらず、つい今しがたの出来事であるのにたいした記憶にも残っていない。
言われてみれば触れられていたなあ、くらいなものだ。とはいえそれは本当になんてことのない理由で拍子抜けした。
寸刻後、わなわなと実弥の身体が震え出す。
「──…不死川?」
「きゃ···」
星乃から片腕を振り払い、とうとう実弥は義勇の羽織の襟に掴みかかった。
「そういうことなんだよォテメェはァア···ッ!」
「? 不死川···」
「ンなもん、口で言やァ済むことだろうがァア······ッ!!」
再び実弥の怒声が青空にこだました。
チッ!! と盛大な舌打ちをこぼし、肩を怒らせたまま去ってゆく実弥の背中を義勇はまだ不思議そうな面持ちで眺めている。
星乃はお騒がせしたことを鮮魚屋の店主に深く詫び、義勇にも頭を下げて実弥の後を追いかけた。
「さ、実弥待って」
「不死川」
「え?」
実弥に追い付いてすぐのこと、背後から実弥を呼ぶ別の声がして振り向く。瞬間、星乃は肩を跳び上がらせた。
なんと、義勇が星乃の背にぴたりと付いてきていているではないか。
足音や気配は周囲の音に紛れてしまい気づけなかった。
星乃の傍らに並んだ義勇の表情はやはり乏しく、柱稽古中よく目にしていたものとさして変わらないぼんやり顔がそこにある。
「何だ冨岡ァ···っ、付いてきてんじゃねェ!」
「不死川、遅ればせながら、俺も柱稽古を始めた」
「はァ!? だからなんだァ!」
「柱は柱同士で皆手合わせをしていると聞いた。俺も願いたい」
「なにを今さら······お前たちとは違うだのとぬかしておきながらよォ···。テメェがテメェで俺らを突っぱねたんだよなァ偉そうに! だったらテメェだけでどうにでもしやがれよ···!」
「いや、あれは」